五章-02 「運命なんて、きっとその程度の話よ」

 そもそもエリスという女は、とエリスは思う。

 表層こそお嬢さんらしく取り繕っているけれど、そこまで物わかりの良い女ではないということをエリスは知っていた。行きたい場所は行きたい、食べたいものは食べたい。

 欲しいものは欲しい。

 生きたいものは生きたい。

 そこに理屈なんかなくたって、自分がわがままであることをエリスはよくよく理解していた。物わかりが良いのであれば、シルヴァと出会ったあのときにシルヴァを助けたりなんかしていないのだ。

「ルネ、」

「うん?」

 ルネを呼べば、ルネはのんびりと応えた。たったいま友を失うことを決意したとは思えないような、のんびりとした調子だった。

 とも、とルネはエリス・カサンドラをそう言った。けれど、とエリスは思う。

「私だって、あなたの友人よ」

 何もずっとでなくたってと、エリスは思うのだ。ずっとずっと同じ人間と友人であり続ける、それだってもしかしたら、素敵なことかも知れないけれど。

「きっと、私の子どもも。その次の子どもだって」

 もしかしたら、子どもは生まれないかも知れない。生まれたって、その子どもが友人になるとは限らない。

 それでも、とエリスは思うのだ。それでも、それでも。

「変わらないものなんてないのよ。人間って、そんなものだわ」

 エリスはルネたちのように魔術が使えるわけではないし、他の不思議な力だって持ってない。それでもルネを、一人にせずにいられるのなら。

 きっと、そのために生まれたのではないけれど。エリスにはエリスの人生があるけれど。

「少なくとも、今の私はルネと友人でいられるわ。それだけでは足りなくて?」

 敢えて挑発的に、エリスは言った。ルネはきょとんとして、それから吹き出した。

「君は不思議だね、ロサ。君はエリスから生まれたのに、今までのエリスとは違うんだ」

 きっと、簡単なことだとエリスは思う。

 エリスがエリスの元で育てられていたとしたら、きっとこうはならなかっただろう。今までのエリスと同じように、エリス・カサンドラと同じように、母と同化することを望んだだろう。

 違いなんて、きっとその程度。エリスが施設で育っていなければ簡単にすり替わる。

「運命なんて、きっとその程度の話よ」

 けれども、今のエリスはこうなのだ。エリス・カサンドラと同化する気はなく、けれどシルヴァに会うことを望んでいる。

 エリスが言いつのるのを、どんな気持ちで聞いていたのだろう。読みにくい瞳で、ルネは微笑んだ。

「些細なことだね、エリス。けれどその些細なことで、人生というのは変わっていく」

「それが人間よ。きっとあなたたちだって、そう変わらない」

「そうだね――」

 ルネは曖昧に笑った。それが何だか人間くさくて、珍しい表情で、エリスは一瞬、心を奪われた。

 あぁ、こんなにも。

 一瞬、ほんの一瞬、弱みらしきものを晒したその弱さすら、美しい女なのだ。ルネ・プリンセッセという女は。

 美しい女。友人であるルネのことを、エリスはほとんど知らない。

 知らなくても良いのだ、と思う。知らないままでも、友人でいることはできるのだから。

「――で、どうするんだ。シルヴァに会うのか? 本当にエリスと同化しないつもりなら、屋敷に行くのはオススメしないぜ」

 どこかふて腐れた口調で言ったのはアーメだった。納得したような、納得いかないような表情で腕を組んでいる。

「本当に同化しなくて良いのか? 人間ってのは、死ぬことを恐れるもんだろう」

 そういうアーメが思いのほか突き放したような口調だったので、エリスは少しだけ驚いた。ルネを取り巻く生き物たちの中で、一番人間らしい人間がアーメだと思っていたのに。

「あなたは何? アーメ」

 思わず、そう問うた。問うてから、問うてはいけない質問だったのかも知れないと思う。

 アーメは瞬いた。

「それ訊いちゃう。エリスだなー」

「……怒ったほうが良いところかしら?」

「褒めてんだよ」

 にや、と笑う。それから一つ、片目を瞑って見せて。

「俺は人間だよ。それと同時に、ルネと同じ生き物でもある」

「……ルネ?」

 思わず、ルネを見た。理不尽みたいに美しい女は、軽く肩をすくめて見せた。

「シルヴァに会いたいんだろう、エリス。方法を教えてあげるよ」

 ルネに答える気はないらしかった。ひょいとものをどかすみたいに話題を戻して、ピンと指を立てる。

 立てられた指先の爪まで完璧に、神が作った彫刻みたいに美しく。

 ルネは、悪戯っぽく言った。

「魔物ってのは、血で誘き寄せるものだよ」

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