四章-03 「あなたの家よ、エリス」
オセアンとシエルに連れられてきたのは、先に懸念したような『いかにも』な場所だった。
街の中心地からバスで二十分、徒歩で三十分。交通の便の悪さからか別の理由からか、、唐突に街の人並みが途切れる一角がある。
街の中心地からは離れているからか、舗装は十分とは言いがたい。エリスの足元で、ひび割れた煉瓦が小さくがさりと鳴った。
その、奥。
「……森?」
ぽつり、エリスは呟いた。街が突然途切れて、森が広がっている。
「別に、珍しいことじゃないでしょう」
既に日が暮れ掛けた中で、暗がりに似合わない明るい口調でオセアンが言った。
「この国は森を切り開いた街が多いもの。街の外に森が広がっているのは珍しいことじゃないわ」
「確かに、そうだけれど……」
それでも、日常生活をしていれば森なんて滅多に入らない。怖じ気づくエリスの肩を、オセアンが軽い調子で叩く。
「大丈夫よ。小さな森で、熊もいないわ」
「そんな心配をしているわけじゃないけれど……」
ただ、森というのに抵抗感があった。何故だか判らないけれど。
足の鈍ったエリスと対照的に、オセアンとシエルは森の中を突き進んでいく。人通りはなさそうな道だが、一応人の通れる煉瓦は敷かれている。
暗い森の中で、オセアンの青い衣装が溶け込んでいる。その背中が振り返って、エリスを呼ぶ。
「エリス、早く!」
呼ばれたエリスは息を吸い込んだ。置いて行かれてはたまらない。
「行くわ!」
入ってみれば、至って普通の森だった。不気味な生物がうごめいているでも、奇妙な鳴き声がするでもない。
ただ、闇が。夜の森とはこんなに暗いものかと、しんしんと冷え込んだ闇が伝えてくる。
「明かりを持ってくれば良かったわね」
呟けば、オセアンが振り返る。不思議そうな顔をしているのは何故だろう。
「ロサ、あなたは魔術が使えないのね」
「使える人間の方が少数だと思うわ」
アーメや、ルネの周りの人間は、やはりどこかずれている――。エリスはそう確信して、しみじみと嘆息した。
魔術、とオセアンは言った。耳に馴染みのない言葉だった。
「まあ、私も使えないのだけれど。私たちは情報屋、暗がりの伝言を受け取るだけのものだもの」
「えっ?」
オセアンが何を言ったか判らなくて声を上げる。残念ながらオセアンは、説明してくれるつもりはないようだった。
いつもそうだ、と思う。
シルヴァも、ルネも、アーメも。エリスだけが、何も知らないのだ。
いつだって。
「オセアン、あなたたちは――」
何者なの、と問おうとしたそのとき。
軽やかに、まるで歌でも紡ぐように、オセアンが言った。
「でもエリス、あなたは使えるのね」
それと、同時に――。
唐突に、闇が開けた。森が開けて、月明かりが差し込んでいるのだ。
そこにあったのは、赤い煉瓦の屋敷だった。窓という窓が割れ、酷く荒れ果てている。
広い、屋敷だった。エリスの所属する孤児院が、二つか三つは入りそうだ。
「さ、着いたわよ」
やはり場違いに明るい口調で、オセアンが言った。眼の前の屋敷の風体など、眼に入っていないようだ。
「こ、ここ?」
「あなたの家よ、エリス」
「何を――言っているの」
ぐるる、とうなり声が聞こえた。
エリスがびくりとして肩をふるわせる。視線を巡らせれば、今まで気づいていなかった気配がある。
酷く、獣くさい。どうして気づかなかったのだろう。
ずっと黙りこくっていたシエルが、ここに来て始めて口を開いた。ことり、と首を傾げて。
「お迎えだね」
闇に蹲る獣の正体を、エリスは知っている。狼というのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます