三章-02 「花の獣を、選んだならば」

「そもそも彼らって、人の言葉は話せるのかしら」

 そう、そもそもはそこからなのだった。エリスはあまりにも、彼らのことを知らなかった。

 話を聞いているのはアーメだ。教室の窓枠にやる気なさげに寄りかかっている。

 窓に寄りかかった体勢のままゆらりと足を揺らして、アーメは窺い見るようにエリスを見上げた。

「彼ら?」

 脈絡がなさ過ぎたらしい。首を傾げるアーメに、エリスは声を落とした。

「なんて言えば良いのかしら。ひと以外の、不思議な生き物」

「あぁ、」

 得心したらしく頷いて、

「色んな呼び方があるな。魔物、人外、妖魔、怪物。ここでは仮に、魔物としよう」

「その、……魔物が人の名を呼ぶだなんて、あり得るのかしら」

 問えば、アーメはきょとんとした顔をした。

「そりゃあ、あり得るだろ」

「そんなにあっさりと」

「ハーゼやシルヴァを何だと思ってるんだ、お前」

 色んな意味で驚いた。エリスはつい最近知ったばかりのシルヴァの正体をアーメが知っていることにも驚いたし、そもそもハーゼも魔物だということにも驚いた。

「まあ! 意外と身近にいるのね」

「人から見えて、人に交じれる魔物はそれなりの力を持ってるやつだけだけどな。大抵は」

 言いさして、アーメはにやりと笑った。

「普通の人間からは見えない連中は、ただの雑魚だ。見えない人間に危害を加えるなんてそうできないし、見える人間を襲うなんて言わずもがなだな」

「そう――」

 それにしては、やたらと危害を加えてくる魔物に出くわすことが多い気がする。考え込むエリスに、アーメはしらっと言った。

「ちなみに俺も人間じゃない」

「えっ」

「嘘だ」

「えっえっ」

 混乱するエリスに、アーメは打って変わってからりとした笑みを向けた。

「人間も魔物も似たようなもんだぜ、エリス。結局のところ、自己と他者からの認識に依存するしかない」

 尤もなような、誤魔化されたような。エリスが納得していないことを察したのか、ひょいとアーメは肩を竦めた。

「――で、なんでそんなこと気にし始めたんだ? 前は見て見ぬ振りをしていただろ」

「見て見ぬ振りが利かなくなってきたのよ」

 ふ、と嘆息する。頬に手を当てれば、するりとした感触が返った。

「なんだかやたらと、関わってこられる気がするわ」

「名前を呼ばれた?」

 言い当てられて、びくりとした。眼を合わせて、頷く。

「わたしの名前を知っていたみたい」

「そりゃあ、お前は有名だからな、エリス」

「えっ」

「冗談」

「もう、アーメ!」

「真面目な話」

 唐突に声音を落とされて、エリスは口を噤んだ。真面目な話を言ったわりには、くあ、とアーメはやる気なさげにして。

「あのストーカーのせいじゃねーの? それ」

「ストーカーって」

「シルヴァ」

 言われて、エリスは眉を上げた。

「そんな訳ないじゃない! アーメ、それはあまりに失礼よ」

「……ふうん?」

 笑いを含んだ声で返されて、エリスははたと我に返った。強く否定しすぎた、と咳払いをする。

「と、とにかく――」

「いいんじゃねーの」

 相変わらず半分笑ったような声で、アーメは遮った。


「花の獣を、選んだならば」

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