ある日の放課後その1 コイン当てゲーム:KAC20213

石狩晴海

コイン当てゲームのはずだが・・・・・・

 今日の図書準備室は片付けられていた。

 放課後に訪れた鈴井すずい雪那ゆきなは驚いた。


「こうすると結構広いですね。この部屋」


「今回は人数を入れたいからな。ちょっと片付けさせてもらった」


 普段は未整理の蔵書がダンボール箱に詰め込まれ、何段も重ねられ、部屋の大半を締めていたスペースがスッキリとしている。

 2人で満席だった長机も4人がけできるというものだ。


 一緒に入ってきた立川たちかわめぐむが笑いかける。


「今回は呼び出しに応えてもらって嬉しいよ。

 身内でない人間が必要だったんだ」


牧ノ字まきのじくんから、簡単な実験だと聞いたんですが?」


「そんなところだ。まあ座ってくれ。

 残り2人もじきに来るだろう」


 黒い濡羽色の長髪を流し、3年生の恵は併せ持った書籍となにやら小道具を机に置いた。


 2年の雪那と、恵は接点がほとんどない。

 辛うじて1年の牧ノ字まきのじ奏人かなとを介して知り合っている程度の間柄だ。

 超然とした雰囲気の恵を前に、雪那は緊張を隠せない。


 部屋の空気が固まる前に、柔軟剤たちがやってきた。


「おまたせしました」


「ちょっと遅れちゃったかな」


 図書準備室に2人の1年生男子が入ってくる。

 先程言った牧ノ字奏人と巴馬はばとおるである。


「そろったな。それじゃあ始めよう」


 数冊の本を脇に避け、恵が着席を促す。

 雪那は題名をちらりと見る。

 『試される直感力』『直観に沿って生きる』『感じるより無意識の思考を』など意識に関する本だった。


(いったい何を実験するんだろう)


 疑問に不安が渦巻くが、恵が説明を始めた。

 裏返しにした紙コップを3つ用意して、五百円玉を見せる。


「これからカップの中に硬貨を入れてシャッフルする。

 3人は硬貨がどこにあるのか当ててくれ」


 簡素な注文だった。

 雪那はあっけにとられる。


「それだけですか?」


「遊びじゃないから真剣にやってほしい。

 特に巴馬。お前だ」


「わかったよ。恵姉めぐねえ


「人前ではきちんと公私の区別をつけろ」


「了解しました。立花先輩」


 眼鏡を光らせ睨む恵に透が縮こまる。


 こうした威厳を発する恵は格好良いと思う。


「いつものアーパー女神とはひどいギャップだ」


 奏人がポツリと呟く。


「なにか言ったか、牧ノ字」


「いいえ、なんでもございません」


 追求に平然としらを切る奏人。


 これを半眼で恵が睨めねめつける。


「ご希望なら巫女に”戻って”もいいんだぞ。

 鈴井さんなら口外しないと約束してくれるだろう」


「立花先輩は凛々しく頼りがいのある人です。そのままでよろしくお願いいたします」


 ぴしっと返答する奏人をみて、雪那はなんとなく3人のパワーバランスがわかった気がした。


「茶番はこれぐらいにして、実験を始めるぞ」


 五百円玉を机の上において、紙コップを被せる。

 他の紙コップを並列しておいて、数回置き場所を入れ替えいた。

 雪那は素直に硬貨が入ったカップを目で追った。


「さあ、どれだ?」


「普通に考えてこれですよね」


 雪那は真ん中の紙コップを指差す。


「2人はどうだ?」


「右」

「同じく右」


 透と奏人は別のカップを指名する。


 ちょっと驚く雪那。


「これって手品だったんですか?」


「その初見を含んでの実験なんだ。気を悪くしたら許してほしい」


 軽く謝罪する恵が真ん中と右の紙コップを持ち上げる。

 果たして硬貨は右のカップの下にあった。


「次に行くぞ」


 恵が淡々と紙コップを動かす。


「当ててみてくれ」


 雪那はちょっと戸惑って決めかねる。トリックが含まれていないなら右だ。


「今度も右」


「僕は左」


 先に男子たちが宣言したが、両者で別の紙コップを指名しているのでは参考にしようがない。


「急かすわけではないから、ゆっくりと選んでくれ」


 恵が柔らかく言ってくる。


 深呼吸して気持ちを落ち着けると、雪那は右を選んだ。


 紙コップが開かれ、右に硬貨があることが解る。


 雪那は当たったことに少し安心する。


 その後も数回硬貨当てを繰り返し、当たり外れを繰り返す。


「あ、そういうことか」


 的中率90%以上になる奏人が謎の合点をする。

 たまらず雪那が尋ねる。


「なにかわかったの?」


「この実験の目的です。鈴井先輩が必要なわけも」


「それは一体?」


 ちらりと脇の同級生を見た奏人が口元を波打たせる。


「終わるまで言わないほうが良いタイプなんで教えません」


「もしかして、超能力関係なの?」


「そこも含めて黙秘です」


 冷めた態度を見せる奏人に、雪那はふてくされる。

 事の発起人に直接尋ねた。


「牧ノ字くんの推測って当たってますか?」


「勝率から解るように、こいつの勘は信頼できるぞ」


 不敵に笑う恵は、次のカップ操作をする。


「もっとも今回の勘所は硬貨ではないがな」


 横見で積んである書籍を見る。

 雪那も本の題名を見直す。

『試される直感力』『直観に沿って生きる』『感じるより無意識の思考を』

 直感で選択することを誘発しているのだろうか。


「さて、まだまだ行くぞ」


 硬貨当てを数こなし、それぞれの的中率が明確になってきた。


 奏人は相変わらず90%以上で当て続ける。

 信じられない確率だ。


 雪那が疑惑の視線を奏人に向ける。


「超能力を使っているじゃないわよね」


「あるテクニックは使っているけど、能力はオフです」


 爽やかに言い切る奏人。


「テクニックってイカサマなんじゃあ」


「純粋な技量ですってば。疑い深いなあ」


「だって私と巴馬くんは3割ぐらいなんだよ」


 恵が深く頷く。


「今回はそれでいいんだ。鈴井と巴馬が同率ということに意味があるのだから。

 それじゃこれで最後にしよう」


 手際よく紙コップを動かす恵を見て、奏人が目を細める。


「さあ、どれだ」


「最後は真ん中で」


「じゃあ僕は左にする」


 雪那と透が選択するが、奏人が少し悩んで恵を睨んだ。


「これ、どこにも五百円ありませんよね」


「えっ!?」


 意外な答えに驚く雪那。


「バレない自信はあったんだがな」


 悔しそうに恵が腕を垂らすと、袖口から五百円玉が机に落ちる。


「さてネタバラシと行こうか」


 恵は紙コップを重ねて中に五百円玉を入れ、本を引き寄せた。


「今日の硬貨当ては、直感と直観がどれぐらい際立っているかを測るために行った。

 もっと直接的に言えば、巴馬の覚醒率を測定するためだな」


「チョッカンって2つもあるんですか?」


 雪那が疑問を上げる。


「完全な感覚だけのものを直感、潜在も顕現意識も使って無意識に参照しているものを直観としている。

 英語で言うと直感がInspiration(インスピレーション)、直観がIntuition(インティーイション)だ」


 恵が本を開き同じ説明がされているページを見せる。


「この前、鈴井が巻き込まれた事件があっただろう。

 あれがどれだけ透に影響しているのか測りたかったんだ」


「事件が不思議なほど巴馬くんが怪獣に戻るって話ですよね。大丈夫なんでしょうか?」


 少し怯えながら雪那が聞く。


「何も変わらなかったから安心しろ。

 むしろ牧ノ字の方が危険なぐらいだ。的中9割はやりすぎだ」


「そんなこと言わないでくださいよ。

 沿五百円を置いていたのは立花先輩じゃないですか」


「ええっ? そうなの?」


 本日、何度目かになる雪那の驚愕。


「紙コップじゃなくて、立花先輩の腕に注目すれば大体は予測できたよ。

 まさにこれが直観だね」


 得意げな奏人。

 恵が一突き入れる。


「そこまで理解しているなら、どうしていっそ100%にしなかったんだ?

 確定事項にしてしまえば、影響の度合いを測る必要もなかったのに」


「俺だって完全に読み切っていたわけじゃないんで。

 それに読み合いってことにすれば、確率は収束しきらないから」


 交わされる会話についていけず、雪那が頭を抱える。


「難しい話ですね」


「深く考えなくていい。前知識の無かった鈴井と透が同率ということで、一安心だ。

 何も知らない人間と同じということだからな。存在や思考が偏っていないことがわかって良かったよ」


「心配性だなぁ。僕の封印は簡単に外れるものじゃないのに」


 少年の形をした大怪獣が朗らかに笑う。


「大丈夫、今の人生は至極無事に終わると思うよ。

 終局のけものが言うんだから間違いないよ」


 雪那は頭がちょっとくらっときた。


「いや、それ。とても信頼できない感じなんだけど」


 恵が解説する。


「その感覚こそが直感だな。

 透の言葉を根拠にできないが、悪い予感はするという」


「おあとがよろしいようで」


 話を締める奏人が、紙コップをひっくり返し五百円玉を2枚取り出した。

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