『気になる人が使う呼び名が心地良く耳に残ったが正しいわね』

 互いの左手首にはペアウォッチ。

 対する右手薬指にはお揃いの紋様を施した指輪。

 浮かれ過ぎだと笑われようが構わない。


「それでは、二人の前途を祝して……乾杯っ!」

 店内の喧騒に混じり、高らかな声が上げる。一同がごくんごくんと喉を鳴らし、湧き上がる拍手。

「おめでとう」

「頑張れよ」

「遊びに行くからな」

 寿ぎの理由は知らんが、大いに盛り上がる別席のグループを見つめて幼馴染みの一人がボソッと呟く。

「もしかして、おれ達もアレをやるべきだった?」

 いい年齢トシをして止めてくれ。

 それでなくても気恥ずかしいのだ。

 プロポーズ(仮)に許諾(仮)を得たことをコイツらに報告する、この場さえもが。


「オレ達の仲で何を恥じる必要が有るのかねぇ。ところで、(仮)=『仮予約』の意味で合ってる?」

 タレ目を悪戯っ子の如く崩しながら一人が問う。

 人当たりの良い笑顔の裏に、かつて共に地元をシめていた顔が有るとは到底思えない爽やかさ。


「勿体ぶらずに、正々堂々としとけよな。大野さんも笑ってないで、そこはツッコまないとさー」

 表情と感情の変化が目まぐるしい一人が窘める。

 この捻くれ者の拗らせ野郎は、そのお節介な性分で俺ともう一人を救ってくれる肝心要の存在。

 過去を遡れば、リカコとの距離が一番近い。


「良いではないの、アッキーくん。再会しただけでも奇跡なのよ? だから仮予約でも苦しゅう無いわ、用賀くん。さぁ、皆の衆、飲め呑め!」

 自ら盛り上げるリカコへ程々にしておくよう釘を刺すが、見かけによらぬ酒豪のせいか逆にこちらのペース配分を心配される始末。

 その光景を見て二人が面白がり、むふふ、ぐふふと忍び笑いを洩らして声を揃える。

「けんちゃんが甘やかされている……新鮮〜♪」


 来たるべき三百日目に正式な求婚をすると宣言し、その前に約束を取り付けたのがクリスマス。

 それを待ってましたとばかりに嗅ぎ付けて飲み会をセッティングしに来た幼馴染み。

 中学の同窓生という四人の共通項を理由にリカコ同伴で報告会に赴いたのは間違いだったのかも知れない、と今更ながら後悔する。


 ◆ ◆ ◆


「久々に呑みまくって、楽しかった〜♪」

 数種類のアルコールを次々に並べ、どれだけおかわりを繰り返しても尚、意識を保てるその耐性。

 見習うよりも先にその身を案じてしまう。

「毎日では無いから大丈夫よ、きっと」

 一時的な過剰摂取による弊害が心配でならないが、慣習化しているのか気にする素振りもなく軽い足取りで自宅へと歩みを進める。

 本日は、(仮)発言にちなんだ(仮)祝いとして二人には大いにゴチになったが、リカコの豪快な飲みっぷりに、飲み放題を付けておいて良かった、と青ざめながら会計に向かう姿を目の当たりにすると感謝よりも居た堪れない気持ちにすらなった。

 当人はあっけらかんとしたものだが。


「地元の友人を誘うと『家庭が〜』『子供が〜』と断られるから、こういう機会は貴重ね。特に、ケンジくんの大切な仲間だもの、余計よね。あとは、アッキーくん達の年下彼女にも会ってみたいわね」

 そうだな、と短く返す。

 飲みの席ともなれば、社会への愚痴や批判だけでなく自分語りが始まる奴らだけあり、後半の殆どは絶賛ラブラブ期間中の惚気話の応酬で幕を閉じた。

 それは良いのだが、俺はちょっと機嫌が悪い。

「もしかして、飲みすぎた事を怒ってる?」

 素っ気ない返事に気付いて済まなそうに顔を覗き込むが、決してそうではない。

 狭量な俺が顕現しているだけだ。

 最後に一気に呷った酒の勢いで本音がまろび出る。


「リカコは、いつからあの呼び方を始めたんだ?」

「それは……二人の事? そうね、高校に進学して稀にケンジくんとも話すようになってからかしら」

「何で名字じゃねぇんだ?」

 ん? と首を傾げて些か考え込み、意図を汲むとうんと頷き、先に続ける。

「アッキーくんとは同級・同校のよしみも有るけれど、良く耳にしたワードだからよ」

「それは、どういう事だ?」

「中学三年の時、ケンジくん達は教科書を借りに良くウチのクラスに来てたでしょ? その時、決まって『おぅ、アッキー』って声掛けしてたのを隣りで聞いていたのよ。それで、『柏葉くん』よりも先に口をついて出ちゃって定着した、と」

「俺が原因、ということか?」

「その通り―――というよりも、気になる人が使う呼び名が心地良く耳に残った、が正しいわね」

 その一言を聞いて顔が熱くなる。

 幼馴染み相手につまらない嫉妬を覚えた自分が恥ずかしい。

「高校で顔を合わせる度にアッキーくんに注意を促されたけど、あの頃は理由がわからなくて……もしかして、気にしていた?」

 図星を指されてぐうの音もでないとは、この事。

 そんなみっともない姿を見てリカコは柔らかく微笑むと、そっと寄り添い指を絡めてちょっと照れながらこう呟いた。

「今でも妬いてくれるのね。とても嬉しい」


 酒の勢いは怖いもの。

 飲んでも決して飲まれるな。

 ここが室内で無かった事に感謝せねば。

 それでも。

 愛しさの余りにキスするくらいは許してくれ。

 

 ◆ ◆ ◆


 さて。

 意識はしっかり保っているが、相当酔っている。

 だから、これより先は目を瞑っていただきたい。

 特にアイツらにはオフレコで。


 事のついでに尋ねてみる。

「俺のこと、どう思ってる?」

 合わせた視線は笑顔とともに正面を見据え、力強くハッキリとした口調の答えが返る。

「他人贔屓の気ぃ遣いで、頼もしくて、クソ真面目で、仲間思いで、一途で、優しくて、ちょっと照れ屋で、寝顔が可愛くて、甘えたいのを我慢しちゃう強がりさんで―――」

「待ってくれ。良く見知ってくれて嬉しいが、そういう意味で聞いたのでは無くてだな……」

「あと三つ残っているのだけど、どうする?」

「よし、最後まで聞こう」

「好きよ、大好き、愛してる」


 全人類よ。

 俺のリカコは宇宙一、いや超次元で最高だ。


「うふふ、今夜は勢いで押し倒したらイケそうね。でも、後でコッテリしぼられそうだから、ここは、ケンジくんの固いご意志に従いましょう」


 ―――そうところも、な。

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