『互いに気持ち良くなる運動でも、する?』

 ◇ ◇ ◇


 ご無沙汰しております、作者です。

 一年半振りの更新ですので、ざっとおさらいを。

 この作品では、

【十年超の想いを激甘溺愛対応で返す砂糖男子】

      と

【夫からの解放と激甘対応で再生を果たす女子】

 による同い年カップルの日常を描いております。

 第三章は、男子視点。

 彼の胸にズキュンと響くカノちゃん名言集です。

 さて、今回は如何なるものが飛び出すのか?

 乞う、ご期待!


 ◇ ◇ ◇


 特急の座席に身を預け、運行情報の英訳アナウンスを聞き終えてから十数分。時折、左右に振られて僅かな加速度を感じながらアプリを起動し、愛しき我が未来の嫁・リカコへとメッセージを送る。


「夜分にすまん、寄ってもいいか?」

 ⇒ 到着は二十二時過ぎよね、平気よ、夕食は?


「食いっぱぐれた」

 ⇒ 何か作りましょう、お好みは?


「あっさり、でもがっつり食いたい」

 ⇒ ね、善処します、気をつけて


 遠方で行われた、有志で結成された和菓子協会(仮)の定例会。出席予定の父が突然の不調に見舞われ、貴重な休日を潰して代打で向かったのは良いのだが、唯一の若者をいじくり回したいオヤジの群れに捕まり、夕方には帰れるはずの予定が大幅に変更を余儀なくされてしまった。


「無駄に疲れたな……」


 自身のムサい顔が反射する車窓のその奥、暗闇の中にぽつぽつと流れる僅かな灯りをボンヤリと目で追う。発車時は灰色の雲に覆われていた空も、一部区間を最高時速130キロで駆け抜ける列車に三十分ほど揺られれば雲間も広がり、辺り一面には柔らかな光が降り注ぐ。


「あぁ……今夜は月が綺麗だ」


 ホームに流れる発車メロディを背に、改札へと向かう階段を足早に昇る。ここからは歩いて十分強というところ。午後十一時をもって一部が消灯される商店街のアーケードを、時間ギリギリで買えた土産を持って彼女の自宅へと急ぐ。


 ピンポーン♪


 合鍵は渡されているが、今はまだ使わない。

 敢えてインターホンを押す。


「おかえりなさい、お疲れ様」


 その一言と笑顔を一番に得たいがために。

 煌めく星空と柔らかな月の下で土産に目を輝かせるであろう彼女の存在そのものが、俺の疲れを癒してくれる最上の特効薬だ。


 ◆ ◆ ◆


「どうぞ召し上がれ」


 予定通りだが二十ニ時を過ぎた事もあり、ガッツリと腹に貯まりそうな肉料理ながらもサッパリとした味付けのメイン。そして、消化の良さげな小鉢と漬物に味噌汁が並ぶ。

 ほかほか白飯が進みそうだ。


「明日も仕事なのに、無理させてすまねぇな」

「その変わり、今度の休みはワガママ放題するから覚悟しておいてね」


 車内から連絡を入れて三十分強で料理を仕上げるその早技に改めて感心すると、


「手抜きだし、慣れですよ。分かるでしょ?」


 アッサリと返される。

 その素晴らしいスキルを独り占めに出来る人生がこの先に待っていると思うと、こうして共に在れる事が今から待ち遠しくてたまらない。

 先ずはこの時間と料理を有りがたく噛みしめる。


「いただきます」

「どうぞ、召し上がれ。それで、お父さんのギックリ腰はどうなの?」

「未だに座るのがやっと、らしい。幼馴染みまーくんの施術でどこまで回復出来るかがカギだな。俺も屈み作業や固定の姿勢が多いから、気を付けねぇと」


 好物であるほうれん草の味噌汁を啜りながら日頃の運動不足を改めて反省すると、白飯を口に運ぶ寸前、うっすらと目を細め意味ありげな笑みを浮かべる彼女が頬杖をつきながらそっと囁く。


「ならば、でもして、小一時間ほど汗を流します?」


 ―――んん?


「食欲は満たされれば解決するけど、溜めたままの物は少しでも余裕があるときに発散する方が得策だと、私は思うのよね。どう?」


 ―――それは?


「腰が心配ならば負担が掛からぬよう私が主導するし、支障が無いよう、あなたが望むまでお手伝いするわよ? 男子って好きでしょ、そういうの」


 テーブルの角を挟んだ隣り合わせ。

 崩した両脚の位置をコタツの中で替えたらしく、先程よりも距離がグッと近付く。偶然なのか故意なのか、胡座をかいた俺の脛にそっと触れながら。


 ―――うおっふっっ!


 一瞬心臓が跳ね上がり、箸から転げ落ちる米を慌てて茶碗で受け止める。

 その後も、彼女のつやのある微笑みと囁きは続く。


「一番楽なのはかしら? 姿勢によっては抜けやすいし刺激は少ないけれど、ゆっくりとじっくりと感じられるのよね」


 ―――こ、これは?


「ちょっと大変だけど、お望みとあらば姿もアリね。疲れすぎないよう、全方向からあなたを支えつつお好み通りに動くから、どうしたいのか包み隠さずに教えて。精一杯、尽くすわ」


 ―――もしや!


 徐ろに冷茶入りのグラスの結露を指先でツツッと拭い、ゆるりとその縁をなぞる彼女。昔、誰かも褒めていたその白く長い指が、やがてグラスを持ち上げて口元へと運ぶと、揺蕩う緑の水面がふっくらとした唇へと吸い込まれていく。

 こくん、と微かに動く喉元。

 グラスから離した唇がやけになまめかしく写る。


 ―――だが、しかし!


「あぁ……いや、うむ。食事の後だし、夜も遅い。止めておこう」


 必死にセーブを掛け、断りを入れる。

 頼むから、残念そうな瞳で見つめないてくれ。

 この先を共にすると決意したあの日から三百日間は、安易に進まないと心に誓ったのだから(※)。

 そんな思いを見透かしたのか、彼女はくすくすと笑って俺に言い放つ。


「遠慮しないで、いつでも言ってね。ストレッチと運動不足解消も兼ねて、筋肉男子ご自慢の腕立て伏せで反り腰にならぬよう上から腰を支えるし、腹筋トレーニングも脚をしっかり押さえて好きな回数までお供するわ。で太腿のストレッチをしたら、筋が伸びて病みつきになるわよ。スクワットの姿は正確さがカギだから、全方向から確認して正しい負荷が掛かるように修正してあげる。うふふ〜ん♪」


 どうやら、長年続けてきたピラティスやらヨガやらの経験をもとにご指導いただける旨の発言だったようで……。


「お、おう。次回は、頼む……」


 あぶねぇ。

 変なトラップに掛かるところだったじゃねぇか。


「ちなみに、どの姿勢がお好み?」

「………………対面」

「あら奇遇ね、私もよ♡」


 来たる約束の日まで、残り三十日。

 カンストしたHP歯止めポイントを保つのも、楽じゃない。

 

 ※民法改正による施行は2024年4月から

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幸福への長い坂 Shino★eno @SHINOENO

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