『目に映る世界すべてに収めてぇ』


 平日の昼下がり。

 ピンポーンと部屋に鳴り響くあなたの来訪を、足取り軽くモニター越しに出迎える。

「はーい、どうぞ……ひ、ひょえっ!」

 これは、友人とは異なる休日(=平日)を呪うこともまま有ったが、あなたと過ごす時間が得られるのもそのお陰なのだと思うと逆に有難くて感謝感激のチョロい私が(長い!)、インターフォン越しに写し出された謎の肉塊に驚いて出した叫びである。

 ピンポーン。

 ガチャ。

 解錠して玄関のドアを開ける。

「いらっしゃい、一体何ごとなの?」

「これな、焼豚。食わねぇか?」

「勿論、ありがたくいただくけど。初手で顔を見せない輩は、今後一切、中には入れないわよ」

「ははは、悪かった、二度としねぇよ」

 合鍵を持ちながらも律儀に呼び鈴を鳴らすあなたが、例の肉塊入りの袋を携えて中に入る。

「凄いボリュームね、どこで買ってきたの?」

「作った」


 はい? ……今、何と仰った?


「昨夜のうちに焼いて、煮込んで、一晩寝かせてきた。あとは煮絡めるだけだ。煮玉子が半熟かどうかは、開いてみねぇと分からんがな。煮汁は煮物の味付けにでも使ってくれ」


 まさか、菓子以外のスキルも爆上げしたとは。


「食いてぇなと思ったときに手元に無くて、作り方を検索したら過程がらくそうだったから、試しにやってみた。見た目は上手いこといったろ?」


 サラッと言うけど、時間がかかる作業ですよ?


「―――ってのは建前で、いつも作って貰ってばかりだから、たまにはお礼したくてな」

 最近は、互いの休日以外にも仕事終わりに夕食を共にしている。外食やテイクアウトを利用するも、一人暮らしの家計は未だに厳しく自炊が必須だ。その状況で主に料理担当となる私を思っての所業だとは、律儀なあなたらしい優しい心遣いだ。

「ふふふ、私は尽くしたがり屋だから、気遣いは無用ですよ」

「惰性で会いに来るよりかは、理由が有った方がいいだろうが」

「惰性なんかい!」

「わはは! ま、単純にリカコの色んな表情が見たいだけだ。そうやって、怒ったり狼狽えた顔も含めてな。気にすんな」

 あのねぇ。

 ヒトのおでこをツンと突きながら、そういう事をシレッと挟んでくるなってば……もう。

「少し早ぇが、諸々借りて昼飯にして良いか?」

 異存など全く無いので、

「お願いします」

 我が家のキッチンへと一名様をご案内〜。


 袋を開いてみれば、一晩置いたお陰で煮絡める必要も無く味もしっかり染み込んだ三十センチ程度の肉塊。今から食べる二人分の塊をぶつっと分け、残りはラップでぴったりと包んで再びジッパー袋で保存。煮玉子は煮汁に漬けたままで冷蔵庫へ。

 これで、いつでもあなたの味が楽しめる。

 温めた煮汁少々を白米にさらりと回しかけて薄くスライスした焼豚を並べる。仕上げに白髪ねぎをたっぷり添えれば、あなた特製の焼豚丼の完成。

 ふわぁぁ〜、良きかほりなり〜。

 甘辛いタレと、マグカップと熱湯で新たに作った温玉の加減もぴったりだなんて。

「私より料理上手なんて、本当にずるいなぁ」

「豪快男飯だけだが、デビューは早いからな」

 中学三年の図書委員で、あなたが書棚整理と称してこっそりレシピ本を読んでいた姿を思い出す。当時の二つ名からは想像できないその意外な様子が気になり、同級になったあなたの幼馴染みから事の真相を聞いた時は正直驚いたものだ。

 あの頃には既に常態化していたそうだが。

「〈最恐男子〉が料理にも目覚めたのはいつ?」

「リカコまで『最恐』言うな……小学生だから、もう覚えてねぇよ」

 ちょっと不機嫌なその顔も、良き良き。

「それじゃあ、私が負けても仕方がないわね」

「レパートリー数では、リカコが断トツ優勝だろ? 俺には真似できねぇ繊細な腕前を、これからも惜しみ無く披露してくれよ」

「えー、お値段張るわよ?」

「我が『あけの和菓子店』の品々を納めるから、それで許してくれ」

 それは名案!

 あなたのお祖母ちゃん仕込みのあんこは世界最高だから、それで手を打つとしよう。

 

 ◆ ◆ ◆


 昨夜、雨が濡らしたアスファルトは午前中のうちに瞬く間に乾き切り、進む季節を感じるひんやりし始めた風が室内を揺らしていく。


「食べ終えたら、どこかに出掛けるか」

「いいね。もこもこコキア、見たいな」


「あれは紅く色づく様を見るんじゃねぇのか?」

「そうなるのはまだまだ先だし、人混みは百貨店しょくばだけで十分です。それに、陽を浴びて緑に艶めくのも可愛いじゃない。どこぞのマスコットキャラクターみたいで」


「チビ助とコンビのじいさんキャラか、懐かしいな。確か、あの丘がある公園に、サイクリングコースが有ったな」

「運動不足解消に最適ですよ、お腹さん、つつん」


「ぐほっ! 腹を突くのは、やめろ!」

「いたぁ! デコピンこそ、やめて!」


「どうせなら、カップルらしくタンデム自転車でも借りるか。俺が後ろに乗るとしよう」

「ずるい、楽をする気でしょう?」


「人聞きの悪い、縁の下の何とやら、だろ。それに、後ろに居れば誰かさんが常に俺の視界に入る」

「私はそんなに危なっかしい?」


「それも有るが、肩を並べて手を繋いでるだけだと景色しか見えねぇだろ? 俺は、この目に映る世界すべてに、リカコを収めておきてぇんだよ」

「むう……ちゃんと漕いでよね」


「リカコのぷりっケツをぶら下がる人参と思って、必死に漕ぐとしようじゃねぇか」

「それは最早セクハラですよ、守谷ケンジくん」


 本日も、変わらず絶好調の歯の浮くような台詞+ α が飛び出したところで、予定をこなすべく出掛ける準備をしようではないか。

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