『ほんのイチブしか知らないってこと』

 離婚が成立し、想いが通じ合った春。

 あれから幾ばくか時が進み、あなたと休息日が重なる時は私の自宅で過ごすのが日課となった。


 今日は、駅ビルに期間限定で出店している話題の新作スイーツの試食会。一人暮らしにはちょっと贅沢な1DK+ α のリビングテーブルには所狭しと美しい品々が並び、スイーツ好きの女心を擽るなかなかに壮観な風景である。

 そして、あなたはその研究に余念がない様子。

 真剣な眼差しで一同を見つめ、時には腕を組み、顎に手を添え、腰に当てては膝立ちになり高さを変えて多角的に見つめ直す。

 一口サイズの可愛い菓子を手にしては、もぎって剥がしてその色彩を香りを手触りを確認し、ぱくっと口に入れてはその舌の上で転がすようにじっくりと味わい、感じた全てを画像付きでタブレットにメモしていく。

「うぅ、その食べ方、いつ見ても残酷……」

「すまん、俺も普通に食いたいんだが集中すると、つい。お前たちも、許せよ」

 またテーブルに向き直り、自作品でもない目の前の甘味を我が子のように優しく思い遣る様は真面目なあなたらしくて微笑ましい。


 ―――と、自分に言い聞かせますが、叫びたい。

「思い遣りを向ける居ることを、もしや忘れてやしませんか~?!」

 心の中でボヤきつつも、あなたの熱心なその姿もまた素敵なので、この溜め息ひとつで許すことにする。


 ◆ ◆ ◆


 研究の邪魔をしないように傍らで雑誌を読む。

 今年のマストアイテムをチェックし、メイクカラーを診断。新しいリップを買うべきか悩み、仕事帰りに寄る店舗を頭で巡らせ……いや、その前にあなた好みの服をさり気なく聞き出したい。

〈百聞は一見にしかず〉

 数あるコーデを見せて選ばせるのが得策かな。

 たまにはあなた色に染まるのも悪くないでしょ?


「はいよ、半分こ」

 置いてきぼりの寂しさを感じ取ったのか、スティク状のお菓子を不意にひとつ差し出されるが……。

「これ、ミルフィーユっぽいよね? 半分に割るのは難しくない?」

「散らかさねぇ様にするから安心しろ。取り敢えず咥えてくれ、しっかりな」

 本当かなぁ、と疑いながら言われるがままにパクっと口にすると、あなたの顔が近付いて自分の分をザクッともぎ取っていく。

 それは、ポッキーンゲームさながらに。

 僅かに……どころではなく、ガッツリむっちゅーっと触れた唇。確かに散らかりは回避したが。


「ふむ、ピスタチオ味か。こってり感がしっかりしてんな。さすが有名店、美味い」

「ちょ……ちょっと待てーーっ!」

 サラッと食レポするけれど、その行動は一体何?

「どうした、菓子くず一つ出てねぇだろ?」

「確かに大丈夫……じゃなくてですね! ケンジくんって、そんなに触れたがりキャラだった?!」

「んー」

 とぼけた返事をしながら口周りと指先をペロッと舐めると、フフンとしたり顔で一言。

「リカコはまだ、俺のほんの一部しか知らないってことだな」

 あのですねぇ……。

 そんな、台詞を、軽々しく、放つな!!

「次はこれを食ってみるか。ほれ、

 先刻とは打って変わって意地悪さの欠片も失せた無垢な笑みを浮かべ、キューブ型のお菓子の紙片をぺりぺりっと剥くと目の前にゆっくりと運んできた。


 うぐーー、これもくるの、さっきのヤツ!?

 甘い、非常に甘すぎて……。

 でも、その誘惑に勝てない。

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