まぎれもない運命の人

『ぴと。熱は無さそうだな』

 キーンコーン、カーンコーン。

 市の防災用屋外スピーカーから正午のお知らせが届く。生まれ育った地では経験したことのないこの機能に、学校が近いわけでもないのに何事か、と当初は驚いたものだ。

 結婚三年目にして華麗な出戻りを果たした娘を涙を流して歓迎してくれた両親には申し訳なく思いつつ、実家から二駅先の隣街に引っ越しを決めた。

 二人の気遣いが温かすぎて逆にツライ、よりも自分のチカラで前進したい思いが強かったから。

 何て尤もらしく語るが、とどの詰まり、実家暮らしのあなたとのんびり出来る場所が欲しかっただけに過ぎないのは言うまでもない。何せ、十数年越しの恋が実ったのだ。新たな門出を祝うつもりでお許し願いたい。

 地元に良く似たこの街は、ここ一年の気忙しさを癒やすのに丁度いい心地良さ。この場所を提案してくれたあなたの幼馴染みには心から感謝しかない。


 さて、お腹の虫も鳴り出しそうなので昼食を作ろう。冷蔵庫を開けて視線をぐるっと一巡り。

「うーーーん」

 悩む、非常に悩む。

 パスタ、焼きそば、うどん、煮麺にゅうめん

 たまに餡かけ、汁なし担々、塩ラーメン。

 思い起こせば休日は、飽きないのかと文句が出そうなくらい麺ばかり食べている。

 いや、白米だって使いますよ?

 炒飯も作りますし、半熟卵のオムライスだってハヤシソースを掛けてみたり、無字良品のカレーはマストアイテムですしね。合わせ調味料のお陰で丼ものの幅がグッと広がりましたし。

 でも、米研ぎの煩わしさを回避したい欲が強くなると麺に逃げたくなるのが世の常だと思いませんか?

 そして今日も〈冷凍白米は夕食に〉という名目のもと、早々に逃げの姿勢を取ったばかりに頭を抱えて唸るしかないのである。


「どうした、調子が悪いのか?」

 経営を手伝う和菓子店じっかの定休日には、必ず我が家に立ち寄ってのんびりしていくあなた。スマホゲームに熱中して固まった身体を窓際でほぐし終わると、心配そうな顔でキッチンにやって来た。

「そういうんじゃないから大丈……ふぇっ!」

 隣に立ったあなたの大きな手のひらが私の頬を包み、その精悍な顔がゆっくりと近付いてくる。

「あの……お昼御飯、何にしようかなって……」

 視線を僅かに逸らす私をよそに「ふむ?」と呟くと、私の前髪を優しく掻き分けて瞼を落としながら背の低さに合わせるよう、更に屈んできて……。

 ぴと。

「熱は無さそうだな、良かった」

 突然、おでこの熱を計られる。

 皆さん、お間違えの無きように。

 こつん、では無く、ぴと、ですよ?

 自身の瞼で発熱の有無を感じ取るのだそうです。

 それならそうと、前以て言ってくださればそういう心づもりで構えるのに。いい年齢トシをして期待するような顔で目を閉じてしまった自分が恥ずかしい。

「昼メシは俺が作るから休んでろ、ちゅっ」

 フッと柔らかく崩した笑顔で私の頭を撫でてはエプロンを奪うと、あなたはふんふ〜んと鼻歌を歌いながら冷蔵庫を漁り始めるのだった。


 ご機嫌麗しくて何よりですが……。

 やめて欲しい、突然の近距離攻撃!

 沈着冷静で物静かで硬派な外見からは想像だにしない台詞もさることながら、その甘い行動に動揺しか有りませんよ。

 しかも、どさくさに紛れてするし!

「どうした、ほっぺチューだけじゃ足りねぇか?」

「いいから、お昼御飯!」

「フフン。じゃあ、続きは後でな」

 くぅーー、何か、負けてる気がする!!

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