春−4

 気が付けば春が訪れていた。

 ダウンジャケットは、マウンテンパーカーや薄手のジャンパーに変わり、夕暮れはゆっくりと進んでいく。


 ここ一週間。


 わざと時間をずらし、存在を悟られぬよう息を潜めて見守るために死角を選んだ。

 これ以上は耐えられないから。

 それなのに。

 星も幾つか瞬き始めているのに。

 既婚の身で、

 こんなうら寂しい所で、

「一体何をしている?」


 振り返り彼女は言う。

「良かった、来ないのかと思った。座って、御菓子を食べながら話したいことが有るの」


 もう限界だ。

 差し出す菓子を払う。

「今すぐ帰れ、最近物騒だと言ったろ」


 彼女の腕を掴み強引に連れていく。

「ちょっと待って、話が――!」

「俺にはない。反論するなら、無理矢理にでもそのうるさい口を塞いでやる。忠告を聞かないお前が悪い」


 壁際に追い込んで至近距離で警告する。

 見つめる長い睫毛の大きな瞳。

「お願い、落ち着いて聞い……んっ!」

 最初で最後の、接触。


 そう、俺も男だと判らせてやる。

 最低最悪だがこれでいい。

「二度と来るな!」

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