春−3

 思わぬ再会から数日が経ち、時間的にも夕刻の名に相応しい明るさを幾ばくか保ち始める三月半ば。

 いつものようにリフレッシュがてら屋上へ向かうと、一人ベンチに佇む姿を目撃する。

 その背中だけでも誰であるか判ってしまう謎の自信に溜め息をつき、防犯の為だと自分に言い聞かせては隣り合うベンチへ距離を空けて座る。

 先日、当人の確認をしようとして遮られた事で、見知らぬ他人で居ることが望ましいのだと察した結果だ。


 ここに居る時は特別何をするわけでもない。

 互いにボンヤリとしては、たまに振られる話題に相槌を打つ。

 ただ、それだけ。

 だったのだが―――。

 翌週以降、味をしめたようにやって来るとしか思えない頻度で遭遇するようになる。

 しかも、甘党の俺を惑わす菓子持参で。

 職場だという百貨店の新作から定番の多種多様な品々が、菓子職人である俺の研究魂に火をつける。


 だが、多くは語ってはならない。

 再会当初に見た彼女の苦しそうな笑みと溜まり切ったであろう心の膿が少しでも緩和するよう、ひたすら聞き役に徹し、日暮れ前に帰すだけ。

 幼馴染みやつらそそのかすように無駄に口を開いてしまえば、想いが止めどなく溢れる自信しかない。

 それだけは絶対に避けねばならない。


「では、お先に失礼します」

 そう告げて俺の前を通りすぎる帰り際、プラチナ色に光る彼女の左薬指が一瞬で現実に引き戻す。

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