Kara・Kara な俺
「こんにちは、今日は先を越されましたね」
本日は店休日のため、試しに早めに出掛けてみれば、後ろからこれ以上なくにこやかな笑顔での登場。
やっぱり今日も来るのか……。
再会時より柔らかくなった笑みに安堵するが、そんな事など知る由もない彼女は
ふぅ、と溜め息からの暫しの沈黙。
がさごそとビニール袋から箱を取り出す。
「期間限定の出店で今日届いたばかりのスイーツ、おひとつ如何ですか?」
こうして俺に菓子を勧める彼女は、中学の同窓生。同じクラスにはなったことはないが、担った委員会全てがダダ被りする程度の顔馴染みだった。
だからといって話をしたことは数回しかない。
が、委員会の話し合いで自分の胸の内に湧く意見との偶然の一致がたび重なり、少しずつ気になり始めていた。
中学卒業後、実家の菓子店を継ぐべく、高校は商業科で経理を学んだ。その頃から、幼馴染みの一人が通う高校に進んだ彼女とも放課後の駅前でたまに話すようになった。
密かに想いは募っていたが、自身の訳あり事情が邪魔をして何も告げぬまま時は過ぎ、製菓専門学校へ入学するとひたすら修行に明け暮れた。
交換し合った連絡先もいつしか途絶えて十年。
奇しくも先日ここで偶然再会してしまった。
くそ寒いが、俺の癒しの場である枯れ木ばかりのこの公園で。
◆ ◆ ◆
「……じゃ、ひとついただきます」
多種多様の菓子を日々研究している甘党の俺を熟知するが如く、彼女はここに来る度に職場から何某かを持参してくる。
それを素直にいただく俺も俺なんだが。
ここに居合わせる間は特に話しかけもせず、彼女から語られる日常や愚痴を聞いて終わる。
たまたま居合わせた赤の他人。
〈赤の他人〉が果たして菓子を食い合うかは甚だ疑問だが、そんな関係という認識でいる。
でないと、俺の身が持たない。
だから今日こそは伝えるのだ。
「女性が一人、こんなうら淋しい所に来ない方がいいんじゃないですか?」
「お邪魔ですか?」
「くそ寒いし危ないし、HPが下がります」
「ふふふ、ゲーム好きですね、私はMPを上げに来てるんで、ごめんなさい、また来ます」
ちょっと待て、MPとは何ぞや?
結局、遠回しな説得は無駄に終わった。
「そろそろ帰ります。次回はイベントが有るので、ご当地和菓子の予定です」
「いや、いらないです、大丈夫ですから……」
頼むから、もう来ないでくれ。
HP=歯止めポイントが減ってしまうから。
これまで恋人が居なかったわけじゃない。共に在る未来を描く事もあった。だが、何かが引っ掛かりうまくいかなかった。その原因が、実ることのなかった彼女の事だったのだと漸く気付くが。
―――時、既に遅しだった。
「では、失礼します」
軽い会釈をして俺の前を横切っていく。
左薬指に煌めくプラチナ色がふらふらと揺られて、やがて視界から消えてゆく。
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