闇の雨−3

 電車内で会った幼馴染みあのふたりは、指定した曜日に会うことは絶対にないと言っていた。だから漸く彼の秘密の場所に来る決心がついたのに。

 よろけた弾みで思わずしがみついた恥ずかしさ満載の顔を上げた先に、どうして彼の顔があるのか。

 どうやら、してやられたらしい。


 絶対に会いたくなかった。

 特に今は。

 疲れきってささくれだった姿を見せたくなかったし、一瞬でも懐かしい顔を見てしまえば縋ってしまいそうだから。

 それなのに。

 どうしても嬉しさばかりが込み上げてくる。

 この渇いた心に沁みて涙が出そう。


「す、すみません、急に掴まったりして」

 震えそうな声を努めて平静に保つ。

 必死に堪えたので上手に笑えただろうか。

「……いや。その、大丈夫……か?」

 きっと気付いている、低く柔らかな声。

「色々あって『ちくしょーっ!』って叫ぼうかなぁと思っただけですから。危険な行為は微塵も考えてないですから、ご心配なく」


 体勢を整えて一気にまくし立てると、ぷっと吹き出す彼の顔が緩み、高校時代あのころのように距離を保ち言葉少なに口を開く。

「もしかして、同じ中学の大野じゃ――」

 その問いに応えたい思いを押し殺し、半ば無理やりに先を断ち切る。

「私、帰ります、どうぞごゆっくり。寒いから、お気をつけて」


 これ以上の長居は危険だ。

 あくまでも初対面の赤の他人として振る舞い、強引に会話を途切らせてこの場を後にする。


 瞼に焼き付けてしまった、昔と変わらないぶっきらぼうだけど気遣うような優しい眼差し。

 くらいばかりの閉塞した胸の奥に暖かい光が満ちてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る