春−2

(おいおい、ちょっと待て!)

 遠巻きに見えた、手摺の土台に足をかける姿に勢い良くエレベーターホールのドアを開け、急ぎ駆け出す。

 若い女が一人、うら寂しい屋上公園こんなところに居ること自体が珍しいと思っていたが。

「早まるな!」

「きゃっ!何?……えっ、わわっ!」

 どうやら予想は外れたらしく、心底安堵する。

 あのまま越えるつもりなのかと肝が冷えた。

 と同時に、別の緊張が駆け抜ける。


 慌てて引き戻したせいでバランスを崩し、思わずその身を支えた先客は、十数年振りとは言え見間違う筈のない良く見知った顔だった。


 大きな瞳と意味ありげな笑顔。

 スマホを操る細く長い指。

 決して高くない背からすらりと伸びる手足と姿勢の良さがその存在を大きく見せる。

 駅前のベンチで互いに近付くことも遠ざかることもなく、絶妙な距離感を察し合い、放課後の僅かな時間を共にする日々―――。


 あの頃が一瞬で思い出されるが、視線が合った目の前の彼女は何処か切なげに笑う。

 その少し疲れたような瞳が、心の奥底に隠した灯火をゆらゆらと揺らし始めたのは言うまでもない。

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