春−1

 駅前にある、且つて賑わった商業ビル。

 年々、オフィス階や無料Wi-Fi完備のフリースペースが目立つせいか、乗り込んだエレベーターは平日休日問わず閑散としている。

 ウイィンと滑らかに上昇し、外を一望できるガラス窓から見下ろせば、先程まで身を置いていた世界から切り離されたように街並みがミニチュア化していく。


 ポーン。

 ここまで一切停止することなく到着した最上階。昇降ケージを後にしてホールのドアを僅かに押し開くが、その温度差に思わず怯む。

「うぅ!何だよ、まだまだ寒ぃな」

 中に着込んだパーカーのフードを首周りに寄せ、改めてジャケットのジッパーを閉めて防風対策を施す。


 ドアの先に広がる回遊式の屋上公園は季節の草花が丁寧に植えつけられ、冬でも色とりどりの小さな花弁が風に揺れていたが、今は植替えの時期なのか、ごっそり抜けた花壇も芽吹きを待つ枯木も来訪者を温かく迎える気など皆無といった寂しさが漂っている。

 春とは名ばかりの冷たい風が頬を刺し、当然の如く人気ひとけはなく、まさに貸し切り状態だが、それこそが俺がここに来る理由である。


 対面のビルの隙間から覗く陽が落ちかけて、逆光で世界が影絵のように黒く塗り潰される様を眺めながら、せわしい日々の心をリセットする。

 ここは高校時代むかしからの俺の癒しの場。


 寒さに身構え、意を決してドアに手を掛ける。

 陽が落ちるにはまだ時間があるからだろうか。

 今日は珍しいことに先客が居るのが見えた。

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