幸福への長い坂

Shino★eno

春にあがる闇の雨

闇の雨−1

 弥生の空に一際輝く星ひとつ。

 仕事を終えてエレベーター待ちの窓から空を眺めれば、煌めく星々がその姿を現そうと支度を始める。やがて陽が落ち、宵闇が瞬く間に世界を覆い尽くすなか、緩やかな長い坂道を下って最寄り駅へと歩きだす。

 陽が延びてきたとは言え、吐き出す白い息と掻き合わせるコートは相変わらずで、冷えきった風がぽっかり空いた心の隙間をすり抜けていく。

 自宅へ帰る足取りは重く、夕食の惣菜がどっち付かずなこの身の様に歩く度にぶらぶらと揺れる。


 ピッ。

 無気力に歩き過ぎたか、慌てて改札を抜けて発車間近の電車に乗り込む。

(ふぅ、危ない。でももう、こんな時間か……)

 帰宅後の家事を思うと更に気が滅入る。

 そんな無意識の溜め息が洩れる車内で。

「あのー、もしかして……」

同中おなちゅうの大野さん……だよね?」

 十数年振りに彼の幼馴染みに会う。

 うち一人は高校の同級生でもあり、その変わらぬ人懐っこい笑顔で先を続ける。

「うわー、久し振り!元気にしてた?おれらも帰りが一緒になってさ、出張の。そうだ、今度、飲みに行こうよ。アイツも一緒にさ」

 敢えて聞くつもりはなかったが、彼が実家の和菓子店を家族と盛り上げている近況を知る。

(そうか、高校時代あのころに話した通りに歩んだんだね)


 私はというと。

 このところずっと心が重い。

 激務の疲れは身体を休めれば粗方復活する。

 厄介なのは関係の拗れ。

 平行線の会話が神経をすり減らす。

(すべて投げ出して消えてしまいたい……)

 疲弊が頂点に達していたあの日、彼らの言葉が私を現実に引き戻して救いの手を差し伸べる。


「ねぇ、駅前ビルの屋上公園、知ってる?」

「あそこから見える夕陽、綺麗なんだよなー」


「「良かったら行ってみて」」

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