後日談 アカリとえりか

 貴族のぼんぼんにとってはそうではなかったが、世間一般的には剣は高価だ。

 なにしろ金属の塊だから地金の分の金額があって、さらに加工の手間賃、作るときに出るロスの分の上乗せ、こしらえや鞘だってただじゃない。

 わたしの今の武器は槍だ。それも固い木をとがらせて打ち欠いた燧石をはめた石器。金属の穂先だって安くない。そのうち折れた刃物や修理できないほど割れた鍋でもでてきたら磨いてはめよう。槍の柄は固い木のなるべくまっすぐな枝をツタでぐるぐるまいて補強してある。全部自作だ。

 これで何をやっているかというと新芽を許容以上に食いあらす分の鹿を間引いたり、飢えて危険な肉食獣を安楽死させたり。

 どこにいけばいるのかはいろいろな精霊に聞けばわかる。聞き方が悪いとまるでだめだから、これにはコツがいった。

 肉と革は自分たちで使う以上に確保できたので、燻製肉にしたりなめしたりして町に売りに行く。経営はゆずったものの、ユカリとわたしの作った商会は健在なので売り先に困ることもなかったし、皮なめしにつかうミョウバンも手にはいった。なめし剤は植物からも作れるのだけど、品質はミョウバンなめしのほうがいい。

 革の一部はとっておいて、アカリとわたしの冒険服に使う予定になってる。

 そう、アカリは冒険にでたがっており、ユカリはそれが心配。そこにわたしが戻ってきた結果、父親の務めとかいわれて一緒にいくことになってしまった。

 もちろん、反対した。冒険に出るということは一発狙いの山師ということで、財産や家業のある人間のやることじゃない。前世のわたしは武具や小金はあったが地位は自分で勝ち取らなければならない部屋住みだったが、アカリはそうじゃない。商会の今のトップ、わたしは知らない人物が自分の息子に後をつがせようとしていて、その地盤を固めるためだろう、アカリをその妻にと申し出ているそうだ。

 それにのっかって旦那を尻にしいて左うちわでくらせばいいのだ。

「あいつ、女癖わるそうで」

 ああ、そういえばわたしもなんかナンパされたな。ずる賢い感じの少年で、あまり隙を感じなかったが女性関係のほうはどうもしまりが悪そうだ。わたしたちの作った商会は次の世代で終わりかもしれないね。

 ユカリは実際、金持ちだ。だがその財産は家の金庫に死蔵されているわけではなく、領主や町の有力者への貸付、投資の形で大きな影響力を持たせてある。

 だから装備などはすごくいいものを買ってあげることも可能なのだが、後を継ぐ気にない娘にはムダ金を使わないというのがユカリの譲らない一線だ。

「自分でなんとかしな」

 お手本を示してやってくれとわたしにもお金をわけてくれない。いい巻き添えだ。

 最初の剣の話は、冒険に出るなら剣がいるよねということだ。むかし、生前のわたしが使ってた古い剣とかは残っているが、あえて渡してくれない。剣が高価であるということは奪われない実力がないかぎり危険を誘発するだけのものとなる。それに折れたりしたらおしまいってのもよくない。ちゃんとそのへんのお金を自分で回せないとだめだ。アカリはもう長鉈をもっているが、これだっていつ折れるかわからない。でなくても手入れと補修は定期的に鍛冶屋に頼む必要がある。そしてわたしはまるごしだった。いちおう、手製の槍の他に手製のスリングももっているがたよりないことこの上ない。少なくとも見かけでなめられるのは避けられないだろう。

 なので、自分で何とかする実力をまずつけろというのがユカリママの御命令だった。いやなら婿を取れと。

 ここまでやられたらくじけそうなもんだが、アカリはどこまでも前向きでくじけなかった。

 わたしの扱いも父親というよりいとこくらいのあつかい。まあ年恰好同じくらいだしね。

「えりかちゃん、見つかった? 」

 おかげで気安くよんでもらえている。便利に利用されている気もするけれど。

 今回も精霊の声頼り、つまりわたし頼りで探し物をやっている。探しているのは失せものだ。どっかの貴族のお嬢さんがよせばいいのに野遊びに出て大事なものをおっことしたらしい。

 害獣の間引きも落ち着いてしまったのでこの話があったのは助かった。報酬も悪くない。中古の数打ち剣ならなんとか買えそうだ。依頼はここの領主の年配の家令で、くだんのお嬢様の名誉のために秘密に行うこと、その分成功報酬のみだがはずむという条件だった。

 さがしているのは古いロケットペンダントでお嬢さんが母親から譲り受けた良縁の縁起物。中に肖像がはいってるが見ないように言われている。

 そういうものなら精霊さえ見つけられば簡単だ。

 と思ったのがちょっと浅はかだったかもしれない。

 なんでこんなうっそうとした森に野遊びにきたんだか。

 熊も二回ほど避けなきゃいけなかったんだけど。ほんとにここでいいのかな。

 こちらにきて覚えたのは気配察知と精霊視の能力。これでかなり広い範囲のものさがしができる。それにちっともひっかかってこないのだけど、少し気になるものも見つけた。

「ここ、道の痕跡だね」

 ほぼ毎日、だれかが歩いていたらしく、排水溝や舗装の精霊らしいものがうっすら見える場所があった。

「土地の人、ここなんかあったか知らない? 」

 アカリも多分知らないだろうなと思うが聞いてみた。この道が道として使われていたのはおそらく十年二十年なんて昔じゃないと思う。精霊はいるにはいるが消えかけていたし、声があまりにもかぼそいので何か聞き出すこともできそうになかった。

「土地の人もそんなの知らないよ。なんかありそう? やばい気配がなかったら行ってみようか」

 道の痕跡の先には苔むした小屋があった。屋根は緑色になっているが、壁は湿った様子もない。森の中だが、ここは気持ちよい風が吹き抜けるようだ。

 持ち主はまたここに戻ってくるつもりだったのだろう。扉は頑丈な金具に南京錠で施錠されていて、そこには錠前の精霊がぼけっと待っていた。わたしに気づくと、精霊は鍵穴をさしてまわしてまわしてってしぐさをする。あけたてしてほしいのか、中が錆びかけているので手入れしてほしいのか。

 当然だけど人工物の精霊がそこかしこにいるのがわかる。中にも精霊の気配がいくつもあったが、たぶんかまどの精霊、寝台の精霊と似たような気配は感じたことがあるので特におかしなものはない。持ち主のものらしい小物の精霊もいくつも感じられる。

「あけてみよう。ここがお嬢様の野遊びの場だったかもしんないし」

 アカリの返事も待たず、わたしは腰の道具ベルトからピックを出した。こういうことを予見してたわけじゃないけど、ユカリにお古を持たされたのだ。精霊の声が聴けるわたしなら、どういじればいいかは聞きながらでいいのでなんとかなる。

 しかし、錠前の精霊って、鍵開けの作業の間なんであんな反応をするのだろう。とてもエロチックな声を出してくれるのですごく変な気分になる。

 あいたときにだした声はもう完全にあのときの声だ。さすがにわたしも真っ赤になってたと思う。ほほとか熱くなってたし。

「アカリ、あいたよ」

 振り向いてやっと彼女が真っ青になっていることに気づいた。

 アカリは精霊の姿も声も見聞きできないけれど、彼女ならでは特技がある。彼女の祖母、つまりわたしの前世の母親がもっていた力。オーラ読みとでも呼ぶべき能力で、生命のエネルギーを感じ取る能力だ。生き物を感知することにおいては、わたしの磨いた気配察知より優秀だ。この能力はいろいろ便利な使い方があるのだが、真っ青になるということはもうあれしかないだろう。

「いるのか」

「うん。攻撃的じゃないけど、まちがうと豹変するから気をつけて」

「こわいから一緒にきて。わたしじゃよく見えないと思うし」

 夜中のトイレみたいだな、と思うあたり、なんかの耐性がついた余裕かな。

 聞き覚えのある特徴のロケットペンダントが分厚く古びた木のテーブルの上にぽんとおかれていた。

 これを持って帰ればいいのだけど問題があった。

 侍女がよく着る地味目のドレスに家紋入りのヘアバンドをつけた少女がテーブルに行儀悪く腰掛け、足をぶらぶらさせている。

 もやもやっと透けているその姿はもちろん生きた人間じゃない。

 負のオーラ、生きた人間の抜けた凹形、幽霊だ。

「頼まれたのってどっかのお嬢様の忘れ物探しよね」

 どうみても、そこの幽霊が持ち主っぽい。

「この幽霊さんは貴族の娘さんよ。ヘアバンドに家紋がはいってるでしょ。平民なら口利きした貴族の家紋を二重丸で囲むけど、こんな風に大きく染め抜いている場合はその家の人間って意味になる。どこの家紋なのかまでは貴族社会から離れて長すぎるのでわからない」

「へえ」

「あんたも行儀見習いにそういう仕事に出てもよかったんじゃない? 」

 ユカリの娘なら身元保証人になってくれる下級貴族はいくつか見つかるはずだ。わたしの前世の実家に頼めば断られることはないだろう。あそこが口をきくなら王宮で王族女性のだれかの側仕えくらいおしこめそうだけど。

 まあ、身元保証する貴族の家で最低限のしつけはされてしまうんだけどね。

「あー。うん」

 なんか目をそらしてるのでなんかあったのは間違いないだろう。

「で、これどうするの? 」

 ペンダントを無理にもっていこうとすれば何か苛烈な反応を示すかもしれない。幽霊は生前覚えたものであれば魔法くらい使える。

 ただ、幽霊の心はだいたい死んだときのまま認識がゆがんでいたり一時的な強烈な負の感情に支配されていたりする。

「幽霊とは話をしちゃいけないって教わったけど」

 うちの娘は思い切りがいい。

「えい、話しかけちゃえ」

 止める暇もない。彼女は幽霊に少し近づいて歌うように話しかけた。

「こんにちわ。あなたはどなた? 」

 オーラ話法というそうで、正負関係なくオーラ、つまり生命を持つものには敵意の有無、おおまかな感情なら伝えられるそうだ。

 ユカリはどこかでオーラの教師を見つけて彼女をしばらくそこで修行させたらしい。まさかと思うが、前世の母上ではあるまいな。

 あ。

 さっきのアカリの微妙な反応の正体がわかった。

 行儀見習いかねてしばらく前世の実家にこいつを預けたんだ。

 ユカリとわたしがいたあの世界ではなんといったっけ。そう、匙を投げるだ。王宮への出仕の口利きをしてもらえない何かをやらかしよったなこの嬢ちゃん。

 ……いやまあ今では年齢だけなら一緒なんだけど。

 師匠の教えを思い切りよくやぶっちゃうこのへんかな。

 幽霊は返事をした。言葉にならない言葉、聞き取れないほど小さくくぐもっていてわたしにはさっぱりだ。ただ、精霊の言葉に似ていてしばらく耳を傾けているとなんとなく言いたいことがわかるような気がする。何かを探してほしいのかな? 

「どこにあるの? 」

 歌うようなアカリの声。聞き取りは間違ってないようだ。

 幽霊は再びうなる。なんか枝の丸く広がった立木のイメージ。

「うん、わかった。すぐ迎えにいくよ」

 アカリにはずっとはっきり聞き取れているようだ。迷うことなく小屋を出て裏手に生えていた大きな木をさす。小屋のまわりの開けた場所で丸くのびのびと枝を広げている。

 遺骸はその枝の間で風葬になっていた。風通しがよく、完全にミイラ化していたが家紋の入ったヘッドバンドとよれてごわごわになっているがドレスも幽霊の着ているものと同じ。どういう処置をしたのか、腐敗した痕跡はなくひからびてはいるが肌などきれいなものだった。

「ハンモックの紐きるからえりかちゃんの魔法でそっとおろして」

 親使いの荒い娘である。誰に似たんだと思うがそんなことを言えばユカリもアカリもわたしを指さすのはやめてほしい。

 ふよふよと慎重に遺骸をしたにおろしていると、気配察知にちらっと何かひっかかった。だが、すぐにその気配は消えてしまう。なんだろう。人一人というより使い魔かなにか小さな生き物の気配だけど、すごく嫌なものを感じた。

「これでいい? 」

 アカリが遺骸の首にロケットペンダントをかけなおしてあげた。幽霊はついてきて嬉しそうににこっと笑った。唸り声だが喜んでいるようだ。

 どうするのかと思ったら、即席の担架にのせて連れて帰るという。

「帰りたがってるのよ。逆らったら危ないよ」

 話しかけた以上、相手の要望をある程度かなえなければ祟りにあうそうだ。

 だから師匠に止められていたのだろうにこいつは。

 担架にのせ、毛布で包んで二人で運んでいくのはとても不安なものだった。

 こんなところ襲われたらひとたまりもない。気配察知をびんびん張り巡らせて帰り着くころにはくたくた必至というところで弱り目に祟り目とはよくいったもので、さっき感じたいやな予感が的中した。

 不穏な気配が三人分。わたしたちの行く手に感じ取られた。この小屋への道の入り口両脇にあるから隠れているのだろう。知らずに通りかかれば不意を打たれることもある。

 そのことを告げるとアカリもいやそうな顔になった。

「あそこ、見張られてたみたいだね」

 何者か、というのは二人とも話題にしなかった。

 何より問題はその三人が何か気づいたらしく待ち伏せるのをやめたことだ。こちらに向かって動き出している。

「人、殺せる? 」

 わたしはアカリに聞いた。

「たぶんね」

 あ、これは経験がないな。なんのかんので育ちのいい彼女はもしかしたらためらってしまうかもしれない。こういう仕事で来る連中がそんな甘い相手のわけはない。

「わかった。アカリが前衛でひきつけて。相手のほうが多いからしとめるんじゃなく防戦でお願いするわ。わたしが魔法で後ろからふっとばす」

 これを信頼ととってくれればいいけど。

 この無鉄砲娘に危ないから下がってろなんていっても逆上して危なくなる。

 遺骸の担架は少し離れた物陰において、わたしたちは獲物を抜いて待ち受けた。アカリは長鉈、わたしは手製の槍を片手にもって利き手でスリングをぐるぐる。

 開戦に言葉はなかった。

 ちりっといやな予感がして首をひねらなければ矢が眉間にささっているところだった。射手の殺気は感じ取っている。わたしはそっちに目もくれずスリングを放った。

 普通ならそんな投擲、あたるものじゃない。だが、スリングでふりまわしていたのは大きめの豆くらいの小石一握り。そしてただ投擲したのではなく、あちらの世界で体得したエネルギー増幅の術で運動エネルギーを上昇させている。つまり、これはショットガンくらいの威力があった。

 弓弦のぶんと切れた勢いのうなりが聞こえ、男の悲鳴があがった。襲撃者の一人は熊のような大男で体躯ににあったでかい剣をふりかざしてつっこんでくる。あれは受け太刀もやばいかもしれない。

 アカリのとった行動は意外だった。

 そいつには目もくれず、横っ飛びに飛ぶと藪の中に長鉈を打ち込んだのだ。

 ぎいんと金属の噛む音がしてそこに潜んでいたもう一人が舌打ちとともに跳び退るのが見えた。気配遮断の能力もちらしい。気づかなかった。だがオーラ読みには通じなかったようだ。

 それはともかく突っ込んでくる大男をなんとかしなければいけない。幸い、天にむかって大きな金属の塊をつきあげている。ついでに一瞬とまどってくれた。

 雷鳴一閃。大男はぶすぶす焦げながら倒れた。これで人数的には逆転だ。

 あぶなかった。

 アカリがあいつの襲撃に気づかなかったら、彼女が無力化され、わたしが二人の敵においつめられていただろう。

 アカリは長鉈を無造作に追い打ちにふるっている。襲撃者がなにか魔法を使ったらしく、急に霧が立ち込めてきた。

「えりかちゃん、さいしょのスリング、もう一回できる? 」

 まあ、落雷がでかかったので魔法はそろそろ打ち止めなんだけどそれくらいならたぶんなんとか。

「じゃ、方向教えるからぶっぱなして」

 オーラ読み怖い。

 だけどまあ全力で逃げる相手を完全に捕捉することはできなかった。

 あとに残ったのはあちこち小石で打ち抜かれて死にかけている男、雷撃で黒焦げの男、そして逃げた男の血痕だけだった。

 死にかけの男のとどめをアカリに譲った時、彼女は初めてためらいを見せた。あんなに度胸のすわった迎撃とためらいのない追撃を決断できるのに、無抵抗の相手にはそれが慈悲とわかってて戸惑いを覚えるようだ。

 ここだ。ここでいうべきことがある。

「冒険の旅に出るなら覚悟しておいて。見ず知らずの敵だけなく、友達であってもそうしてあげないといけないときもあるって」

 男は怯えていた。助からない、とはわかっているようだがやはりそんなにあっさり割り切れるものではない。だが、苦しみも終わらせたいという気持ちもあってただただ自分の死であるアカリを見つめていた。

 アカリはたぶんこれまででもっとも真剣に自分のしようとしてることについて考えたのだと思う。

 そうだ、自分が投げ捨てようとしてるものの価値と、入って行こうとした世界の理不尽さに気づけ。

 そんな願いもむなしく、彼女は覚悟を決めてしまった。ためらいのない、見事な斬首だった。死者が幽霊にならないようオーラ使いらしい祈祷もささげていた。

 アカリがそこまでの決心をする理由はまだわからない。今は先にいそいでやっておくことがある。

 倒した二人の襲撃者の持ち物をさぐって、武器、財布を回収した。身元が特定できそうなものは持ってなかった。回収した武器は弓弦の切れた長弓と残りの矢五本と箙、大男にはものたりないが、わたしがとりまわすにはよさそうな幅広剣、そして大男の大剣だった。大剣はたぶん価値がない。なんと木製の剣身に刃と先端部分に金属をかぶせただけの代物だったのだ。弓も軍用のものではなく、猟師が使うようなもので、矢はどこかで拾い集めたのか矢羽根も長さもまちまちのものだった。拾い物だったのが幅広剣で、なんと精霊つき。手入れが悪い、使い方がわるいとぶつぶつ文句を言っている。この精霊には博物館でみた刀についていたわざものの精霊と似たところがある。他は売ってもいいがこれはわたしのものにしよう。念願の剣だ。

 逃げた男が再度襲ってこない保証はないので、帰りはさらにくたくたになる行程となった。荷物が増えたし、アカリもオーラ感知を絶やすことができなかったし。

 遺骸と戦利品は郊外の別宅に運び込んで、管理人のじい様にユカリと依頼人を呼んでもらった。

 静かな大騒ぎになったのはもちろんだ。

 家令は最悪の予想が当たったと真っ青になっていた。遺骸は棺に納めてまずは彼女の奉公していた大貴族の家に使者をつけて送り届けるのだそうだ。それから彼女の実家に戻され、その間に責任の取り方についての協議と補償の話が進められる。

 領主の身内がやらかしたらしく、そこまで関係者でないわたしたちには何が起きたかは教えてもらえなかった。監視していたのもその身内、そしてあの三人を差し向けたのも同じ人物。

 家令は賓客の随行員が一人行方不明になったのでさがしていたそうだ。死んでいるとまでは思わなかったらしい。

 アカリにはいっていないが気づいていたことがある。

 あの少女のミイラは湯灌されてから服を着せなおした上で、鳥や動物についばまれないような場所で慎重に干されていた。人間、死ねばどこかかしらの穴から汚物が漏れる。彼女の遺骸にはそれがなかった。ならばその体は清拭されている。服を着ていたので経帷子よろしく着せたのだろう。死因までは特定できなかったが外傷性のものではなかったから毒物あたりだろう。あるいは急病かもしれない。

 そんなものを作り、奪われまいとするところにかかわりたくない執念のようなものを感じる。そんなド変態、前世のわたしならドン引きまちがいなしなんだけど、なぜかあんまり引いてないのは性別がかわってすっかりなじんだせいなんだろうか。

 あるいは、あの世界がド変態だらけで慣れてしまったのか。

「しょうがない」

 ユカリがため息をついた。

「あんたら、しばらくほとぼりをさましてきな」

 今回、わたしたちに落ち度はないけれどいろいろ目立ちすぎたらしい。

 うん、目立つよね。ユカリの選択肢はアカリをどっか有力者に嫁がせて保護してもらうか、しばらく遠くにやるか。

 そう思っていたら、アカリに指をさされた。

「今回、一番悪目立ちしてたのえりかちゃんだから。養子にしたいとか嫁にしたいとかそんな話がいっぱいくるよ」

 え。

「お嫁さんになる? お花まいてあげるよ」

 いやまって、さすがにまだそれはちょっと心の準備が。

「そうだね。愛しい夫が帰ってきたというより、出来の悪い娘が増えたようなもんだしね」

 ユカリまでそんなことをいう。

「いやなら紹介状かくからそこに行って相談しな。エリカ、古い魔法使いのオウルのことは覚えているかい」

 あの爺さん、まだ生きてるんだ。

「あいつもあんたを呼び戻すために骨おってくれたしね。この機会に礼の一つ、土産話の一つ二つももっていってやんなさい」

 それはごもっともなんだが、心配だ。

 あの爺さん、優れた魔法使いだけどエロ爺だからな。

 

 ともかくも、わたしは剣を手に入れ、そして冒険に出ることになったのだった。



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