第7話 ただいま
高校の制服のまま、わたしはぽつんとたたずんでいた。
遠くに見える城塞都市には見覚えがある。
あたりの様子もなんだか覚えがある。林と、街道と、丘陵地帯。
帰ってきた。
だが、そんなことよりわたしは悲しかった。父も母も助からなかっただろう。転移したのはわたしだけだ。
涙が出ればどれほど楽だったろう。大きすぎる悲しみが出口を求めて胸をしめつける。平凡で、悪人ではなかったが善人というほどではなかった人たち。十数年を一緒に過ごした人たち。小言でもいい、言葉が聞きたい。
「あなた、誰? 」
油断していた。こっちの世界はまったく油断ができない。
振り向くと、あちこちに継ぎのあたった野良着をきた少女がいた。何かとってきたらしく腕に大きなバスケットをさげ、髪の毛は後ろで簡単にまとめて後ろ腰に長めの鉈をつっている。年齢はわたしと同じくらいか。不用心ではなく鉈をいつでも引き抜けるよう留め具をはずしているのが見えた。
こっちは旅行鞄一つ、身一つで武器なんかないのに用心深いことだ。
「ここはどこ? わたし、さっきまで落ちる飛行機の中にいたのに」
ちゃんと説明するには時間がいくらあっても足りない。簡単に事実だけを伝えた。
「飛行機? なんなのそれ」
「ええとね」
気配を感じた。目を向けたところからのそりと黒い熊が顔を出し、びっくりしたようにこっちを見ている。
「すごい勘ね」
少女は驚きもせず熊から距離をとった。たしかに気配察知の訓練はつんだが、こんなに敏感になるとは思わなかった。
「あたし、アカリ。あなたは? 」
少女が目の前にいた。鉈は抜いてない。
「えりかよ」
彼女の服から声が聞こえる。精霊が宿るくらい長く大事に着てきた服なのだろう。
精霊が認識しているのは、まだ前の持ち主の名前だった。ここをかがれ、あそこに当て布をしろとぶつぶつ文句を言っている。持ち主の名前はユカリ。
少女の顔を見た。ユカリに似てなくもないが、どちらかというと前世のわたしに似ている。
「あなたの服、お母さんのおさがり? 」
「ええ、それがどうかしたの? 」
「お母さんはユカリさん? 」
なんで知ってるの、という目をするので服の精霊と話したと正直に言った。
「すごい。すごいすごい! 」
どうやらとんでもないことだったらしい。
「ぜひ、うちにきて。お母さんにあって」
ぐいぐいとひっぱられていく。この子、力つよいなぁ。
お土産はなにがいいかな? 荷物にディズニーランドで買ったクッキー缶があるからそれでいいかな。
そんなことを思いながら、精霊の声も気配察知もあちらと段違いだったのに驚いた。この世界、前世が人生を過ごしたこの世界は本当に敏感だ。
この分だと魔法もとんでもないことになるだろう。試すのがこわい。
それに、ユカリにわたしの前世を見抜かれたらどうしよう。
見抜かれる確信がなぜかあった。
「早く! 早く!」
わたしの娘はとても元気だ。
このあと、いろいろあってアカリと一緒に冒険にでることになるのだけど、それはまた別の話。
今はただ、ユカリにただいまといい、父母に、友人に、さよならを言う時だ。
了
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