第6話 ユカリ

 高校に上がったわたしは博物館めぐりや、寺社仏閣、文化財になるような古い家。そういうところをめぐるのが好きな人になっていた。

 この世界の精霊の言葉が聞こえるようになってから、その能力がかなり進んだ結果、手入れなどしてほしいことだけではなく使い方や過去の出来事など精霊の記憶に触れることができるようになった。

 わたしは魅了された。

 古い時代の生活の苦労や苦悩は同じとはいえないものの、前世で感じてきたものに通じるし、刀など武器の秘めた記憶は恐ろしいものが多いが、とても参考になった。

 華麗な刀筋を見せて相手を幻惑し、無骨で堅実な撃ち込みで追い込んでしとめる武者もいたし、恐ろしく容赦ない戦いにともがらが折れたりひん曲がったりする中、かろうじてその前に戦いを終えた刀もあった。

 精霊と話しているとは知らない両親や、学校の先生などは少しはおしとやかになったのかと期待しているようだけど、筋トレが好きなわたしは更衣室でゴリラ女子の汚名をいただいている。目下の悩みは練習相手がいないこと。

 さえちゃんとは高校がわかれてしまった。わたしが通ってるのは公立だけど県下一の進学校で文武両道を旨とする伝統校。武道系の部活も充実しているし、部活は必須だと言われた。中学で結構成績残したので勧誘はかなり強引だったけど、バスケット部にした。そういうやつが多いとか、それでいいのかとか、いろいろ言われたんだけど、わたしは別に柔道オリンピック代表とかになりたいわけじゃない。

 少しでも実戦にむいたものを身に着けてそろそろ近いんじゃないかと思う帰還に備えておく必要があるだけだ。バスケットだって、体さばきの練習になると思っての選択にすぎない。体験入部で翻弄されたときにはここの部のレベルの高さにわくわくしたくらいだ。

 寝る前には木刀で精霊にならった動きをトレースしてみる。両親があきらめの顔をするのを見てちょっとすまない気になる。一人っ子のわたしが消えたら、この人たちは悲しむだろう。成人式の晴れ着など楽しみにしているのに申し訳ない。

 弟か妹でもいてくれたらよかったのに。

 うまくいけば練習相手に巻き込めたし。

 帰還の日なんかこなければいいのに。この姿でユカリに再会したらどんな顔をされるだろう。ずっと考えているがいまだに迷いを感じる。

 そう思う一方で、やっぱり嫌だという気もある。女である以上、結婚の話から逃れにくいことは前世の良家の子女と同じ。そして家庭にはいってしまえば面倒ばかり多いことは今世の母やおばたち、年上の従姉たちを見ていればわかる。

 こっちで生きていくなら、独り立ちして一人で生きて、孤高のうちに死ぬのがいいな。そんなことの先達がいれば話を聞きに行きたい。

 二年生になって、困ったことが二つ、いや三つと事件が一度起きた。

 事件は誘拐されかけたこと。

 車にのった若い男が道を聞いてきたので教えたが、案内してくれ乗ってくれとうさんくさすぎることを言いだしたので断ったら、下りて力づくでのせようとしたのだ。

 こういうのは、体格差の絶望的な小学生とかにやるものじゃないかと思ったけど、男の力は強く、反撃を警戒していて逃れるのはむずかしそうだった。

 大声を出しても人が来る前にこいつはわたしを押し込んで走り去ってしまうだろう。

 殴るしかない。

 警戒をそらせる必要があったわたしは、電撃の魔法を使った。気絶したりするような強さはよほど条件がそろわないと出せないので、ただ痛いだけの静電気。

 一瞬注意がそれたところで金的を蹴り上げ、愛用の護身具を叩きこんで膝をつかせてから逃げた。もう一発いれたらノックアウトできたかも知れないが、そろそろつかまれそうだったから逃げることを優先した。

 その事件はそれっきりで、男も彼の車もわたしの前に現れることはなかった。

 困ったことの一つは、一学期の終わりあたりから一年生の女子に変に人気がでたことだ。アイドルに群がるファンって感じなら、文句もいえるのだけど離れたところから何人かで視線を向けてひそひそ勝手に盛り上がってるのは勘弁してほしい。

 どうやらわたしはかっこいいらしい。

 そうかなあ?

 鏡を見ても、まあまあ整っただけの平凡な顔しかない。ユカリのほうが美人だし、わたしの前世のほうが男前だ。でも、前世より女子に人気があるようだ。

 やっぱ軽薄すぎたかな、前世のわたし。

 困ったことのその二は志望校のことだった。

 地元の大学でいいと言っていたらもっと上を目指せとうるさい。

 母親はそうでもないが、父親がその気になっていて家でまでうるさい。

 さすがに一番の難関校は無理だが、うまくいったら二番目くらい、最悪でも今の志望校の一ランク上にいけるのにもったいないとこう、なんのために行くのかが棚の上にあがってしまってる。

 学歴社会っていろいろ本末転倒だ。

 もう一つは、地学の若い新任教師だ。地学はとってないので授業で一緒になることはないのに、なぜかわたしのことを観察している節があるのだ。避けたくっても学校イベントにはどっちも駆り出されるのでそうもいかない時がある。この教師はただものではない。気配を殺していつのまにか後ろで読書していたり、そういうわたしからすれば「あっちの世界なら今殺された」と感じさせる状況が時々おきているのだ。

 すっとぼけているが、油断できない相手だ。

 なぜかわたしの能力を試されている。そんな気もする。

 この世界では魔法はほとんどきかない。精霊はいるがきわめてか弱い。実用的じゃない。そんなものを使ってるわたしが注目されるわけがないと思うのだけど。

 人が死んだのがだめだったのだろうか。

 この世界でも命の値段は安い。世界のどこかで飢えや暴力で苦しむ人がいて、当然加害者がいる。そんな賊の命まで大事にするいわれはない。

 前世からのこの感じ方がまずかったのだろうか。この国や似たような国では悪党の命だってそうそう簡単には奪わない。

 奪わないだけで、悪いことを是とする心を壊せてないのなら何にもならないと思うのだけど、その点そもそも間違ってる。あるいはまだまだ発展途上なのだろうか。

 その価値観の者からすればわたしは悪になる。

 でも、証拠は何もない。そもそも、なんでいまごろ目をつけられたのか。

 わからない。わからないが、より慎重に行動する必要がある。


 夏、わたしたち一家は東京に行くことになった。高齢の曾祖父の喜寿のお祝いだという。

「父さんと母さんだけでいってきてよ。勉強とか遅れるし」

 魔法の言葉だ、勉強に害があるといえば余計な邪魔ははいらない。

「そうもいかないんだ。お前の顔を見たいんだとさ。往復の飛行機も手配してもらっちゃったし」

 面倒見のいいと自称する祖父の仕業だ。退職して暇でしょうがないらしい。

 ため息が出たが、しょうがない。一緒にいくことになった。飛行機に乗るのは実は初めてなので、文句をいいながらちょっと楽しみだった。

 すごいよね。こんな大きなものが空を飛ぶ。ドラゴンより大きいよ。それがあんなにたくさん。前世なら百年に一人の偉大な魔法使いが何人必要になるんだろう。

 東京は大きくて活気にあふれた町だった。変な恰好で踊ってる人たちが大勢。前世ではこういうのは何かのあんまりタチの良くない下級神の信者だったりしたし、しばしば対立したのでどこか身構えてしまうのだけど、本人たちはいたって楽し気で邪気はない。

 曾祖父は元気だった。長年住んだという精霊だらけの古い日本家屋でなくなった曾祖母の仏壇をおがんだりして祖父母の世話になっている。祖父母、曾祖父にわたしは歓迎された。三人の叔父、伯母、伯父にはどうも歓迎されてないようだ。いとこは三人、いずれも成人でいずれも男だった。彼らには歓迎されたが、その目に下心が見えて愛想は絶やさなかったが内心ドン引きだった。

 この家は曾祖父の持ち家で、その土地は価値があがっている。長兄たる伯父は当然自分のものだと思っているし、世話をしている叔父は自分がもらうべきで、遠く関西で無関係げにくらしてる父に権利はないと思っているのに、曾祖父がひ孫のわたしをやたら気に掛けるものだから気が気じゃないらしい。

 いとこたちのあれも、結婚はできるってことを考えると似たようなものだろう。

「ほう、えりか。おまえはよいのう」

 何がいいんだか、曾祖父はにこにこわたしを見ている。

「そうだ、手品を見せてやろう」

 父たちの顔を見てわかった。曾祖父の悪癖なんだ。

 正直、下手だった。タネが見えてしまって失笑を買っている。

 でも、失笑を買うような失敗はミスディレクションだった。曾祖父はカードを取り落としたようなふりをして、そこにあるはずのないカードを落としたのだ。

 わたしが気づいたことに曾祖父は満足そうに微笑んだ。

「あえてよかったよ」

 この人はいったい、何者だ。そしてなぜそれを見せた。

「気をつけなさい。下手なマジシャンは知らない間に恥をかいている」

 あんなに遠くなのに、とってもささやかなわたしの魔法に気づいたというのか。

 それ以上は本人が疲れたと言い出したので無理強いするわけもいかなかった。


 前世がどこかの大魔法使いであったとしても、あれほど距離のある曾祖父に感づかれたのだ。もし、この国に魔法に着目できる人がいればわたしは十分目立ってたことになる。

「やあ初めまして。あなたが噂の超能力少女かい? 」

 ホテルのロビーでくつろいでいたら話しかけてきた軽薄そうなおっさん。これなんかたぶんましなほうだろう。

「超能力? 」

「あ、わたしこういうもので」

 おっさんは名刺を出した。でかでかと大手テレビ局の名前がはいっていて小さくなんとか企画と入ってる。すごくうさんくさい。

「そのなんとか企画の人がいきなり何の用ですか」

「親戚があなたの学校で教師をしていましてね、いろいろ聞いてますよ。危険を予知して回避したり、手から放電したり」

 頭が痛い。それに超能力はちょっともうはやりじゃないでしょ。

「わたしがここにいるって知ってるあなたのほうが超能力あるんじゃない? 」

 とりあえずそこも気になる。

「あなたの従兄のおひとりが仕事仲間でしてね」

 どのバカだ。いや、どうでもいいか。

「超能力なんてそんなもんですよね。夏休みがあけたら。今きいたことは教頭先生に報告しちゃいます」

 本人に文句をいうのではなく、上役に文句をいう。どうしょうもないバカ役人を相手にするときの常道だ。上役にはなんならわいろだって握らせる。まあ、こっちでそこまでやらないけど。

 ほう、とおっさんの目つきが変わった。しげしげわたしの顔を見る。

「どうです、芸能界に興味は? 」

「ないですね。興味駸々のもっとかわいい娘ならいくらでもいるでしょう」

「いえいえ。女優ですよ。あなた、頭の回転がいい。役作りを覚えたら大成できるかもしれません。うちじゃ無理ですがいい養成知ってますよ」

「考えておきますね。それより、あの先生に釘さしておいてください。正直かなりうざったいので」

「はは、クビになるぞと言っておきます。興味があればこっちの電話へ」

 うさんくさいおっさんはそれで去ってくれた。

 この間からの監視はこれだったのか、と思ってから違う、と感じた。

 このスカウト話だって本当の監視を隠蔽するためのものかも知れない。

 曾祖父の手品を思い出した。この世界では魔法は実用的でなく、おかげで認識はされていない。あると訴えると正気さえ疑われるだろう。

 それゆえに使い道というものがあったりはしないか。

 そんな視点でわたしの過去を調べれば、疑えるところは一つ以上ある。バイク焼き討ち事件なんか魔法を信じないから成立した無罪だ。

 相手の正体がつかめない。そもそもいるかいないかもわからない。考え始めると不安しかうかんではこない。前世もちはこういうとき、教訓がたくさんあって助かる。

「よし、忘れよう」

 見通しが開けるまでは消耗は避ける。でないといざというときがんばりようがなくなってしまう。


 翌日は憂鬱な父方曾祖父の遺産争いとはがらっとかわって、母方の従姉の出産祝いに病院を訪れた。帰省ラッシュの時期で代便がとれないものだから夕方には羽田にいって大阪へ、大阪から電車にのって帰宅の予定だ。

 ちょっと時間もできたし、父はなんか祖父に呼び出されたので、母と赤ちゃんを見に来たというわけ。

 従姉は母と仲が良く、わたしが小さいころから何度も顔をあわせていた。最後にあったころは今のわたしくらいの高校生だったが、久しぶりにあったら雰囲気がかわっていた。なんというか、落ち着きが出たというか。

「そんなことないわよ。不安だらけよ。旦那は仕事で帰りが遅いしこの子は夜泣きするし」

 いつかあなたにもわかるわ、と言われて微妙な気分だった。

「お名前は? 」

 困ったので赤ちゃんの名前を聞いてみる。

「ゆかり、命名は旦那。何事につけいいご縁がありますようにってこと」

 ユカリ?

 わたしの知ってる人と同じ名前だ。赤ちゃんの顔を見ても、大きくなったあとの顔なんてなかなか想像できない。ましてやユカリは転生している。わかるわけがない。

 のだが、なぜか強い確信があった。これはあのユカリだ。

 ユカリが生まれた。

 そして直感した。

 帰る時が来たんだ。


 その日、わたしたちを乗せて飛んだ飛行機は墜落した。

 

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