第4話 ヨシナガ君(上)

 わたしは中学生になった。

 複数の小学校の子供が同じ中学に通うようになると摩擦もおきる。

 同じ小学校の子はわたしのことを知っているが、よその子は知らない。そして、このくらいからいじめがひどくなる。

 一度だけ、わたしも狙われたことがあった。

 何が気に入らなかったのか、トイレで茶巾寿司といういじめを行おうとした四人くらいのグループがいた。

 気配の察知は肌で覚える。このへんは世界が変わっても変わらない。せっぱつまってても、さすがに素人の彼女たちの異様な様子には気づいたので、いつものトイレを素通りし、廊下を走るなと叱られながら別のトイレに駆け込んだ。

 そんな風に華麗に彼女たちを避けていると内輪もめなのか、グループの一人が他の三人によるいじめの的になってしまった。それ以来、わたしにちょっかいをかけようとしなくなった。

 なんともつまらない話。

 女子柔道部でキャプテンをあわや負かしそうになってからは、敬遠さえされるようになった。中間テストで学年上位をとってからは先生たちも猫なで声になった。

 なにしろ、この学校から学年につき一人でるか出ないかの難関高校を志望といいきってしまったのだ。ガクレキシャカイとやらで、それは先生方の名誉となることでわたしはエコヒイキされてると言われるようになった。

 孤立していいことはあまりない。なれ合う気はないけど、勉強はクラスメートが聞いてくれば快く教え、部活は先輩がたをたてるよう、優れたところは教えを乞い、同級生には助言を惜しまなかった。

 でもまぁ、嫌われる人には嫌われていたと思う。下駄箱に変なものいれられたり、不意に敵意を帯びた言葉をぶつけられたりは珍しくなかった。

 平気、なわけではないけど、前世でも似たような経験はあったからどうやって気持ち的に凌ぐかは知っている。冒険者も中学生も、猿山の猿のようなもんだ。

 本でカラテやアイキドーの練習をしたりしてるうちに、ブンブリョードーというよりやばい女という認識が浸透していった。

 おかげで敬遠されて特別仲がいいという友達もできなかったが、完全に孤立してるわけでもない。なぜかトイレに一緒に行こうって子はいるし、武道の練習相手もできた。なんと昔わたしをつきとばしてくれたさえちゃんだ。カナモト君の時にあんなことをやった子だ。何か思うところがあったらしく、護身術を教えてくれと言ってきた時にはさすがにすぐには信用できなかった。

 まあ、いつまで続くかわからないが、わたしも助かるし、彼女も熱心だ。この世界の武道は結構合理的で好きだ。前世の体の動きを修正してみると、見違えるように動ける。これはいい。ただ、理解してる指導者が案外少ない。

 だけど、体格差は武器に頼る以外に埋める手段はない。それも現実だ。二年生になって身長160を超えて女子としてはかなり大きくなったのでまだ同年代の男子に遅れはとらないが、高校にあがったら心得のある相手にはどうしようもなくなる。

 こっそり漫画雑誌の裏表紙に広告のあるキーホルダー兼用の小さな護身具を小遣いためて買って、使い方を練習したりした。親にばれて捨てろといわれたけど。

(もちろん捨ててない)

 数と体格差はどうにもならない、さえちゃんはそれを聞いてかなりしょんぼりしていた。

「武器を使えばいいと思う。でもやるときには中途半端はだめ。怒らせてひどい目にあうから」

 冒険者時代のいざこざから覚えた駆け引きを少し教えると、さえちゃんが引いてるのがわかった。ひいてはいるが熱心に聞き入っている。ほんとこの子にはジジョウがあるんだなぁ。

「もし、こっちから仕掛けるなら、最悪相手を殺してしまう覚悟と、反撃で自分が殺される覚悟が必要よ。いい? 」

「えりかちゃんって、そんな修羅場経験あるの? 」

「あるわ」

 前世でですが。そしてさえちゃん、なぜ信じる。

「お父さんとお母さんには内緒だからね」

 この話のせいか、ヤクザを一人殺しているとかひどい噂が半年してから流れた。

 先生に聞かれたら笑ってごまかして「まさか。目立っちゃうとこうなるんですね。慎みます」としおらしくいったら沈静化させてくれたけど。

 まあ、それは別の話。

 長くなったが、中学の時の出来事を一つ語ろうと思う。


 前世でタバコににたものは吸っていた。ユカリが嫌がるので、最後のほうはやめていたけど、自由業になってしばらくは度胸がないのをごまかすためすっぱすっぱ吸っていたものだ。あれがなければ力が出せないとさえ思っていたが、回復魔法を重点的にかけられて禁煙に成功してみれば、あまりの快調ぶりに、いかに自分を痛めつけて粋がってただけかを思い知らされることになった。

 だから、こっちでもタバコに手を出す気はない。未成年にはそもそも禁止だが、親のつかいのふりをすれば誰でも簡単に買えるので中学生のくせにこっそり吸ってるバカな男子は少しいた。

 警告しても彼らは聞く耳をもたない。回復魔法がほとんどぜんぜんきかないこの世界であれに手を出すのはかなりの愚行だが、助ける義理も何もないのでせいぜい一言警告しておくだけで放置している。

 面倒なだけだしね。

 でも、その時みかけたのは少し違った。

 いじめに使われていたんだ。

 マトにされたのはクラスにあまり友達のいない少しぽっちゃりした男の子。色白でニキビが多く、女子の口の悪いのには臭そうとまでいわれるヨシナガ君。

 うん、正直に言ってわたしも生理的にちょっと無理。前世脳で男ならもっと鍛えろよと思ってる。体を動かすより、漫画の模写をしたりきれいな飾り文字を書いたりするのが好きそうな、ユカリがオタクと言ってたタイプの男子だ。

 クラスも学年もいろいろだけど、ガラの悪い男子のグループがいる。近所の工業高校の不良グループの下っ端やってるという噂があって、町でそんな感じによたってるのを見かけたことがある。

 その男子グループ三人とヨシナガ君が体育倉庫の裏で何かやっていた。道具をしまいにきてなんか気配があるので見にいったらいたのだ。

 恐喝か、追いはぎか、と思ったがどうやら腹いせだったらしい。

 ヨシナガ君の大事なスケッチブックがばらばらにされて飛び散り、踏みにじられていた。ヨシナガ君の眼鏡は叩き落されて踏まれ、殴られたほほが腫れている。そして三人のリーダーがくわえていたタバコを押し付けようとしていた。

「あんたたち、なにやってんの」

 思わず叫んでた。面倒に首突っ込む気なんかないのに。

「げ、玉つぶしのえりかだ」

 その忘れたい二つ名は小学校の時についたもの。でも残り二人はわたしの悪名はそれほど知らない。

「女はひっこんでろよ」

 おうおう、イキがって可愛いね。面倒くさいな。わたしはため息ついた。

「なんでこんなところでそんなことするかな。まだそのへんにナベ先いるから大声出したらとんでくるよ? 」

 ナベ先、ワタナベ先生は愛の鉄拳をよくふるう熱血体育教師だ。暴力もいやだが、あのうっとおしい精神論で恐れられている。女子柔道部の顧問で技術はあるけど指導と称して遠慮がちだがさわってくるので女子部員全員に嫌われている。

「タバコに暴力にか弱い女子を襲おうとした、ついでにサボリ」

 数え上げると三人は顔を見合わせた。

「か弱くないだろ、お前。今日のところは見逃してやる」

 失敬きわまりない捨て台詞。彼らは逃げて行った。もしつっかかってきたらどうするかは考えていたが、やっぱり人数相手は緊張する。殴るける交渉する、一つも間違えられない。加減する余裕なんかないから禍根を残す可能性もあった。

 足跡のついたスケッチブックには丁寧にかかれた漫画の模写があった。価値はわかんないけど、ヨシナガ君には大事なものなんだろう。そう思うと少しつらいので拾い集めてゆがんだ眼鏡をなおしてはかけ、直してはかけていた彼に渡した。

「あ、ありがとう」

「強くいきなさいよ」

 偉そうなことを言ってしまった。

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