第3話 カナモトくん

 まだまだ初心者だが女やめたい。

 ワタシは小学校六年生になっていた。低学年のころはあまり気にならなかったが、今は体育のブルマーが恥ずかしい。なんで女というだけでこんなのを着なきゃいけないのか。

 てんでガキのくせに色気だけはつきはじめた男子の視線も嫌だ。胸がだいぶふくらんでいる女子はどうしても視線を浴びる。ワタシもだ。

 貴様にも覚えがあるだろう、クルガイア・ボイ・ノルクラント。あのバカも相手がどんな思いだったか気にもしなかった。ユカリ、そんな男によくなびいてくれた。

 しかし、なんといっても嫌なのが格闘技指導者の指導をかねたタッチ。

 微妙にいやらしいものを感じて背筋がぞわっとくることもある。その指導方法も意味不明の精神論がおおくって最近は技術は目で盗め状態。

 練習相手がいれば、あとはテレビや会場で見てるだけでいいんじゃないかな。

 録画ができるといいんだけど、すごく高いらしくってうちにはない。

 さて、六年生でのできごとというとセキ先生とカナモト君の話だ。

 セキ先生は赴任してきた男の先生で、転勤していった五年のときの担任のヨーコ先生のかわりに担任になった。四十くらいかな? 教え方は上手だし、話は面白い。教材の選び方もセンスがあって人気がある。組替えがあってばらばらのクラスをあっというまにまとめてしまった。

 だけどそのやり方がちょっと気に入らない。

 カナモト君をとかく笑いものにして一体感をもたせてるんだ。最初はとまどって一緒に笑ってたカナモト君がいきなりさされてまた笑いものにされてるのはどうも笑えないんだ。カナモト君、先生の寝首かいていいからね。ワタシの前世ならそれもありだったから、ここまで徹底的にやるやつはそんなにいなかった。いても長生きしなかった。

 カナモト君はお馬鹿さんでエッチなところは他の男子とそんなにかわらない。広場でひろってきたぼろぼろのビニール本という裸の写真ののった本をにやにやしながら他の男子と見てたこともあるし、給食のおかわりのために無理な食べ方をしている。

 それでもまぁ、見どころのある男の子だった。少々意地汚いが、まがったことは嫌いでやせ我慢してるときが多い。誰か見習いたい人に出会ったんだろうなと思う。親ではないはずだ。親を尊敬できるようになったのは、前世でも距離ができて大人な考えができるようになってからだ。ダメなところとイイところがあったら、イイところだけでも尊敬するって身近だとちょっとやりにくい。

 それに、カナモト君も事情のある家庭の子だった。なにがどうなのかわからないが、あまり付き合いをもたないほうがいいと今のそんなに悪人でもないけどそんなに尊敬もできない親に言われたことがある。

 セキ先生はそんな子だったからクラスを掌握するために利用したのだろうか。

 カテイのジジョウなら、幼馴染のさえちゃんちもそうだが、彼女も一緒になって笑っている。カナモト君がいなければ彼女がマトだったかもしれないのに。

 いや、さえちゃんはわかってたんじゃないかと思う。

 カナモト君があまり学校に出てこなくなった。

 セキ先生はいないカナモト君をネタにまた笑いをとっていたが、さえちゃんの顔が尋常じゃなかった。

 翌日、彼女はカナモト君を連れて登校してきた。通学班も違うのに。


 似たようなことが前世でもあったな。

 わたしがまだ少年だったころ、辺境伯の騎士団に団長付き小姓として仕えてたころがある。辺境伯の腹違いの弟の彼は戦いにおいては勇猛、平時は温厚、辺境にあって古典から流行のものまで幅広い教養があり、穏やかに時に諧謔をからめて話す人望のある人だった。実戦が多く、実力主義の騎士団の荒くれ騎士たちをよくまとめていたものだと思う。

 騎士団は実力主義なので、騎士の子供や貴族の相続に縁のない子弟だけでなく、腕と度胸さえあれば農民出身者など平民も大勢いた。一戦やれば戦死者や、騎士を続けるのが無理な戦傷者が出るんだ。根性があればだれでも採用し、激しい訓練を施していた。

 そんな平民騎士に一人、狡猾で横着で卑しいことばかりするといわれた辺境民の騎士がいた。

 本当に狡猾で横着ならどこかで処罰を受けて命を落とすか、放逐されていただろう。だが、彼は有能で真面目な騎士だった。戦闘で華々しい功績こそなかったが、粘り強く戦うと他の騎士には信頼されていた。

 そんな彼を、団長はいじった。評価はしているし、あくまで冗談としてだが、よくいじった。笑いの種にし、他の騎士たちをまとめた。わたしも最初は一緒にへらへら笑ってたと思う。でも、だんだん不愉快になってきた。

 実力主義なら十分実力のある彼を軽くとはいえ侮辱する必要があるのか。

 公正を旨とする団長はここだけは公正を欠いていないか。

 だけど、他の何もかもがすばらしいにかかわらず、団長がそこを改めることはなかった。

 一度やんわり意見したときに団長の言った言葉が忘れられない。

「彼はすばらしい騎士だ。だが、それを無条件に認めたら、また元の自堕落な辺境民に戻ってしまうではないか」

 本人のため、などと平気で言ったのだ。

 たかが小姓の小僧にそれ以上何ができただろう。もう無理だと思って兄に頼んで実家に引き上げてもらい、当時進んでいた遠征軍に従軍させてもらうのが精いっぱいだった。辺境民の彼も誘ってみた。遠征軍なら条件はほぼ同じで、偏見はまた別の形になるだろう。

 彼は来なかった。団長に妨害されたのか、本人の意思なのかわからない。

 その後のこともわからないが、幸福になったとはあまり思えない。


 セキ先生はたぶんとっても優秀な先生なのだろう。頭がよく、勉強をかかさず、どうすれば人を引き付けるかいつも考えている。騎士団長と同じタイプの人だ。

 その心に、本当に自然に邪悪がとりついている。この邪悪は説得で取り除けるものではない。だって、彼らは間違っているなんてかけらも思ってない。悪意ではなく、善意だと信じ込んでいる。そんなの、一度心を壊さないと直すことはできない。

 だけど、人の心を壊すことは簡単じゃない。まして小学生女子にできることではないと思う。

 魔法にもそこまで都合のいいのはない。

 せいぜい酔っぱらわせるくらいかな。

 ポイズンミストって魔法がある。相手の鼻や口など息をするところに毒の霧をまとわりつかせて吸わせる対でかぶつ魔法だ。竜種の一部は酒にめっぽうよわく、これで寝てしまうので一気に首を落としたり、急所を貫けるなら定番の戦法だった。

 こっちの世界だと、口のあいた毒瓶とかお酒が近くにないと発生させることができない魔法だ。

 小学校にお酒を持ち込んでセキ先生に吸わせる。

 一回限りならできると思うけど、普段ならごまかされてしまうし、カナモト君以外は先生の味方だ。

 参観日だな。カナモト君の家はジジョウがあるからおばあさんがいつも来ている。この人が黙って聞いてられない状態になればいいと思う。

 とすると軽く酔わせて、カナモト君に注意をひかせて、できたら録音してるといいな。ラジオカセットなら録音教材ながすためにある。

 賭けだけどやってみよう。


 結果だけいえばうまくいった。

 セキ先生はお酒に弱かったらしい。すこしろれつの怪しい話し方でいつもより度をこしたいじりをはじめ、学級新聞に使うと言って録音していたわたしは全部それをひろいあげた。

 おばあさんがブチ切れて録音してたわたしをひっつかんで校長室に怒鳴り込んだ。

 セキ先生は自宅謹慎になって二度とわたしたちのクラスにやってこなかった。

 教育委員会でも問題になって、先生方は一時間程度の講習を受けることになったらしい。きっと一時的だけど、環境はよくなったんだと思う。

 それでも居心地の悪くなったカナモト君は三学期を待たずに転校してしまった。

 わたしの家では父のウィスキーが一本なくなったと騒ぎになって、飲みすぎるなと父が母に説教されていた。

 ごめんねパパ。


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