第34話 才能
才能
その後も私の駄々っ子のような『もっともっと』にウンザリしながらも彼女は絵を見せてくれた。
どの絵も鮮烈で私を感動させる。
「子供の頃から絵ーばかり描いててなあ、これみて」と言って彼女は右手の指を見せてくれた。ペンだこ(色鉛筆だこか)が出来ており触るとカチコチだ。
「勉強なんかしてる暇あらへんわ」
だからこの高校なのか。納得した。
「親は勉強しい勉強しい言うけど無理やねん。ウチには勉強する才能はないんや。夢中になれへんのやわ」
そうは言うけれど羨ましいなあと思った。こんな事が出来て夢中になれる事に。私には何もない。だからただ勉強をする。それしか出来ないからだ。
私は考える。
宇佐美さんの絵。慎太郎君のギター。松葉君や沢村君の喧嘩の強さ。吉安さんの美しさ。中西君の『心の強さ』。祥太君のファッションセンス。
中学時代の担任の先生が言ったように県内の上位校に進学していたとしたら彼らみたいな人達と出会えたであろうか。
日々塾や勉強に追われ、息つく暇もなくクラスメイト達と成績を競う。沢山勉強をしていい大学に進学する。
たしかにそれは大事な事だろう。勉強も適当にしてフラフラ遊び歩いて、『もっと勉強しておけば良かった』と後悔する時が来る事は容易に想像できる。
でも、それと同時に今しか出来ない事を犠牲にして一生懸命勉強して、いい大学に入って一流企業や国家公務員になったとして、それはそれで何かしら後悔するのではないだろうか。
悔いのない様に生きると言っても、どういう風に生きたら後悔しないのか。そんなもの死ぬ間際にしか解らないのではないだろうか。
何も後悔せずに命を全うしたという人がいれば会ってみたい。死んでるだろうけど。
どうしたら後悔しない人生を送れるか分からないから取り合えず勉強しているんだ。私を含めきっと大半の人は皆そうなのだ。
「ちょっとあんたいつまで触ってるん、キモチわるいわ」と指を引っ込められてしまった。考え事に夢中で彼女の指を触っていたことを忘れていた。
「いつもここで絵描いてるの?」
「サルビア書き終わるまではね」
「書き終わったら?」
「まだ決めてへん」
彼女は教室でもいつも1人でノートに何か書いていたけど絵だったのかも知れない。
「宇佐美さんっていつも一人じゃない?」
自分の事は棚に上げて訊いてみる。
「絵ー描くのに友達いるか?」
え? 寂しくないの? 私は寂しいよ。 夢中になれる物ががあれば友達っていなくてもいいの?
彼女は新しいページを開き何やら描き始めた。私はあまりそれを見ないようにする。
「でも寂しくならないの?」
「寂しくなったら絵ー描くだけやし」
「でもさ、学校の帰りに美味しいクレープ食べに行ったりとか、友達と可愛い服買いに行ったりとか、したくならない?」
「そんなん一人で出来るやん」
いや、その目的ではなくて、その過程を楽しむものという意味で言ったのだけれど。
「宇佐美さんって強いね」
「なにゆうてんの、そんなんちゃうて」
でも、慎太郎君もいつも武道場裏で一人でギター弾いてたっけ。中西君もクラスで一人浮きつつ勉強してたっけ。目の前の彼女もそう。
私は友達がいなかったと言う事が恥ずかしかった。親にも言えず嘘も吐いてたっけ。ずっと友達が欲しいと思っていたからあの街から逃げて来たんだし。
でも目の前の彼女らはそんなこと全然恥ずかしい事だと思ってない様だ。
「友達なんてな、ようけおったからええちゅうもんやないねん。広さやなくて深さや。ウチはそうおもう。知らんけど」
知らんのかい。でも言葉が私の胸に突き刺さる。
「あんた下の名前なんやったっけ?」
「え? 菜端穂だけど」
「どんな字ーや?」
「えっと、菜の花の菜に端っこの端に稲穂の穂だよ」
「菜ー端ー穂と」
彼女は私の名前をスケッチブックに書いている。そしてそのページをバリバリっと本体から離し、
「ほれ、出来た」と言ってそのページを私に手渡した。
そこには私の似顔絵が描かれており、右下に『菜端穂』と書かれていた。
「描いてくれたの!?」
「あんま似てへんな」
確かに自分の似顔絵が似ているのかどうか良く分からない。それでもすごく嬉しいと思った。
「あんたキレイな顔してんなあ、羨ましいわ」
そんなこと……あるけど。
「ありがとう。部屋に飾る」
「そんなたいそうなもんちゃうよ」
「そんなことないよ……」
私はその絵を抱きしめながら言った。
「そういやあんたも寮やったなあ、一緒に帰らへんか?」
「うん!」と言って力強くうなずく。
「ねえ、帰りクレープ食べて行こうよ」
「あんたの奢りならええで。似顔絵代や」
金取るなら先に言えー!
「むむむ、絵描いてもらったし、今日は私が奢る」
陽が少しづつ傾き校舎の陰がグランドに大きな影を作っている。私達は並んで歩き出した。
「ほんで、あんたもいつも一人やけど友達いてへんのか?」
私はニッコリ微笑んで、
「いるよ。今日また一人増えた」と言った。
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