第27話 子猫の元へ
子猫の元へ
「おい水原、なんでこんなに増えてんだ?」
集まったメンバーを見て沢村君が不機嫌そうに言う。
私達は今、子猫のいる公園に向かい6人で歩いている。
「まあちょっと色々ありまして……」と私は小さくなる。
「おい沢村、こういうイベントは大勢の方が楽しいってもんだぞ」と松葉君がフォローしてくれた。松葉君は喧嘩になると大変狂暴で恐ろしいんだけど、普段は結構フレンドリーなんだ。吉安さんも松葉君には臆せず話しかけてるし。
と言っても、松葉君はハンバーガー、吉安さんは沢村君目当てなんだけども。目的はどうあれこんな大人数で行動するのは初めてで私はすごく楽しい。
沢村君は「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
吉安さんはというと、ジワリジワリと歩きながら沢村君の横に近付いていっているのが分かる。吉安さんよ、いつものフランクな感じはどうした。こんな時は乙女になるのね。
吉安さんは本当にキレイでスタイルも良く女の私からみてもウットリしてしまう。背の高い沢村君の隣に立ってもサマになっている。
私は俯き自分の姿を観察する。膝丈のスカート。ありふれた紺のハイソックスにサトーヨーカドーで買った地味なスニーカー。吉安さんと比べると月とスッポンだ。
私は小さく、「はぁー」とため息をついた。
そう言えば教室を出るときに昨日の酒井田さん達と目が合ったんだけれど、何故か昨日の悔しさや悲しさを思い出さなかった。周りのみんなに囲まれ私は心細さを感じていなかったんだと思う。
先日の中西君の言葉を思い出す。
『強い心で』
今日私は少しだけ『強い心』で行動出来たのだろうか。
子猫というきっかけはあったんだけれど、普段しゃべらないクラスメイト達とも話すことが出来た。きっとこの先も崔さんや上屋敷さんとは気軽に話す事が出来るであろう。
本当にきっかけなど些細な事でもいいんだ。その些細なきっかけさえ今までの私は避け続けていたのだ。怖かったから。
歩きながら、「崔の家ってどこ?」と吉安さんが尋ねる。
「港南だよ」
「うわ、遠えーじゃん、どうやって子猫持って帰るんだよ、電車乗れないじゃん」
「うん、お母さんに車で迎えにきてもらう」
「ああ、そういうことね」
曲がり角の公園に着き、昨日の場所へ向かう。沢村君が茂みに中から子猫のダンボール箱を持ち上げる。良かった、ちゃんとあった。
そのまま崔さんの前に置き蓋を開けると、「ミャー」と昨日の子猫が顔を出す。
「可愛いいいいいいいいい」と女子達が母性本能全開で叫びだす。
崔さんが子猫を抱えお尻を観察して、「男の子だね」と言った。
「私にも抱かせてえ」と上屋敷さん。
沢村君目当ての吉安さんも今は彼を忘れて子猫に夢中である。
「これ、いつ見つけたんだよ? 沢村」
松葉君が尋ねた。
「1週間くらい前だ」
「今までお前が世話してたのか?」
沢村君は少し照れ臭そうに、
「わりーかよ」と言った。
普段は怖い沢村君が子猫の世話をしていたとは正直驚きである。
私が泣きじゃくった後に何故ここに連れて来たのかは解らないけれど、おかげで元気になれたのは事実である。最初からソレを狙っての行動だとしたら、彼への認識を改めなければならない。そして、私の事を少しでも考えてくれたのかなと嬉しくなる。
私も最後に子猫を抱かしてもらい、「良かったね、幸せに暮らすんだよ」と囁く。お別れする事に悲しくなり少し涙が滲む。
「そうだ、崔。たまには水原にこの猫と会わせてやってくれないか?」
私の涙に気付いたのか吉安さんが崔さんに訊く。
「もちろん。水原さんがいなかったらこの子に出会えなかったしいつでも会いに来てよ。港南だけど」と言ってくれた。
港南がどこか分からなかったけれど通学出来る範囲ならば問題ないだろう、たぶん。
「じゃあちょっとお母さんに電話するから」と言って崔さんがスマホで電話を掛けだした。
「港南からだと少し時間ありそうだからなんか食おうぜ。あそこのナックで」と遂に松葉君が切り出す。吉安さんの肩がぴくっと動いた。
「猫持ってるからテイクアウトしてここで食うか」
「じゃあ崔さんの分も買ってくるからここで子猫の世話お願い」と私は言って崔さんのオーダーを聞く。
「ちょっとー、なんでビックナックになってるのよ? ハンバーガーって言ったじゃん。しかも全員分ってどういうことよ? しかもなんであんただけポテト追加してるわけ?」
吉安さんが恨めしそうに言いながらガブリとビックナックにかぶりつく。
「かてーこと言うなよ、なあ? 水原。ほれ、ポテト1本やるから」と松葉君が吉安さんにポテトを1本だけ差し出す。彼女はそれをそのまま口で奪った。
「吉安さんゴチですう」と崔さんと上屋敷さんも嬉しそうに頬張っている。
私は沢村君をちらりと見た。
彼もまんざらでもないと言った感じでビックナックを食べていた。
「ところで、なんで吉安がハンバーガー奢る事になってたんだ?」と沢村君。
吉安さんは顔を真っ赤にして、
「え? あ、ほら、あれだよ、前に水原にノート貸してもらったからさ、ははは、そのお礼。な、水原?」
『うんと言え』と顔に書いてある。そんな事実はないのだけれど。
私はピクルスを引っ張り出し『あーん』と口に入れながら一応、「うん」と言っておいた。
この口裏合わせのお礼も考えておこう。
私が夢見てた高校生活が今まさに実現している。きっと今日の事は一生忘れないだろう。
日差しが西から照り付け私達の影を展延させていく。
崔さんのお母さんが到着するまでこの最高の時間は続いた。
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