第26話 里親探し

 里親探し



 翌朝、スマホのある私はいつもより30分早く起床し食堂へ向かう。おばさんからトレーを受け取り席を見渡すと朝食時に初めて黒川姫乃さんを見つけた。

 彼女は相変わらず漫画を読みながらご飯を食べている。


 私は彼女の隣に座り、

 「黒川さん、おはよう」と声を掛けた。

 彼女は私の顔を見ることなく漫画を読みながら「おはよ」と小さな声で言う。

 私は彼女が読んでいる漫画のタイトルを盗み見る。


 『むさ男の腰筋強化プログラム~秒間8グラインドのスキル追加で彼氏を狂わす汗の香りが隠し味~』

 なるほど、わからん。


 朝食をそこそこに済ませ自室で制服に着替えてから学校へ向かった。


 教室に行く前に職員室に行き、担任の栗山先生に朝のホームルームの時間に子猫の里親募集の件で少し時間を頂きたい旨を伝える。


 教室に入るとまだ誰もおらず、沢村君の机からスマホのアラームがけたたましく鳴っており、図らずも彼の起床時間を知ってしまう。ちゃんと起きれたかなあ。

 ふと、私の頭の上に電球がぱっと灯り、邪な企みが頭に浮かぶ。私の口元が怪しく歪む。

 沢村君の電話番号を調べるなら今だ。彼の机に近づき机の中に手を伸ばす。激しく振動するソレを掴みボタンを押そうとした時、

 「おい」

 「ぴぇー!」

 突然後ろから声を掛けられ両手を上げて驚いてしまう。恐るおそる振り返ると沢村君が立っている。


 「何やってんだ?」

 「あ、あ、アラームが鳴ってたから止めようと、ははは……」

 信じてください嘘だけど。


 「返せ」と言ってスマホを奪われてしまう。


 「ちゃ、ちゃんと起きれたんだね。良かった」

 「大きなお世話だ」

 「あ、栗山先生に頼んでおいたの、ホームルームで少し時間欲しいって」

 「そうか」と興味無さそうに言う。

 「昨日の約束覚えてるかな?」

 隣にいて欲しいっていう所は口に出さなかった。

 「ああ」

 その言葉を聞いて安心した。


 私は黒板の右下に昨日プリントした子猫の写真を貼り、その上に『子猫貰ってください。詳しくは水原まで』と書いた。


 しばらくすると今日の日直の望月さんが教室に入ってきた。彼女はすぐに黒板に気付き、「可愛い~」と言ってくれる。

 「でもウチお母さんがさ、ネコ苦手で、ごめんね」

 「全然、大丈夫」と私はフォローする。


 その後も次々登校してくるクラスメイト達もプリントに気付き、

 「オスメスどっち?」 だとか、「どこにいるの?」など、数人のクラスメイト達の関心を引いたようで安心する。


 栗山先生が教室に入ってきたので皆が着席する。栗山先生は子猫のプリントを見て、「これか」と言った。


 先生が連絡事項を一通り皆へ伝え、

 「それから、水原から話があるそうだ、水原、いいか?」と私を見て言う。

 私は沢村君に一旦振り向き、「はい」と言って立ち上がり教壇へ向かう。すぐに沢村君も立ち上がってくれて約束通り教壇に一緒に来てくれた。


 皆の前でものすごく緊張するけど横に沢村君がいてくれて注目が分散するので幾分安心する。


 「昨日、寮の近くの公園で子猫を見つけました。保護したいのですが寮はペット禁止なので誰か貰ってくれる人がいたら声を掛けてください」

 と言った。

 顔が熱くなるのを感じたけど、なんとか伝える事が出来たと思う。


 ホームルームが終わり栗山先生が教室から出ていくと、「水原さん」と声を掛けられる。

 声の方に振り向くと、二人の女生徒が立っていた。崔娟華チェヨンファ(さいけんか 女性)さんと上屋敷陽菜かみやしきはるなさんだった。


 さいさんが前に出て、「ウチ去年飼ってたネコが死んじゃって、出来ればウチで引き取りたいんだけど」と申し出てくれた。

 さいさん、あなたが神だったか。

 里親が見つかるか不安だったけれど、すぐに申し出てくれる人がいてものすごく安心した。


 「本当? さいさんありがとう」とキチンとお礼を言う。

 「オスかメスか判る?」

 あ、そういえば調べてない。昨日は色々あったしそんな余裕もなかったからなあ。

 「ごめん、調べてなかった」

 「いいよいいよ、どっちでも。で、その子どこにいるの?」

 「寮の近くの公園なんだ。放課後来てくれるかな?」

 「うんうん、陽菜も見たいって言うから一緒に行くね」

 さいさんの後ろの上屋敷さんがニコっと微笑む。

 うわー、放課後にクラスメイトと一緒にどっか行くって初めてで楽しみだなあ。沢村君も一緒に来てくれるよね、きっと。


 「じゃあ放課後ね」と手を振りながらさいさんと上屋敷さんが離れていく。


 私は沢村君の席に行き、 

 「さいさんが貰ってくれるって」と報告した。

 「そうか、よかったじゃねーか」と言ってくれた。無視されずに済んで安心する。

 良かったと思いつつも、あの子と会えなくなる一抹の寂しさがこみ上げる。


 「沢村君も一緒に来てくれる?」

 恐るおそる尋ねる。

 「ちっ、しょうがねぇなぁ」と一応了解してくれた。

 第一発見者なんだし最後まで面倒見ようよと思ったが当然そんな事は口が裂けても言えない。私の口が裂かれそうだから。


 自分の席に戻ると隣の席の吉安さんが、 

 「もう見つかったんだ? さいが貰ってくれるって?」

 「うん、でもあの子に会えなくなるの寂しいなあ」

 「時々さいの家行って会わせてもらえばいいじゃん」

 簡単に言うねえ。そんな簡単に他所のお宅へ訪問もできないよお。


 「私もその子猫見てみたいな。家では飼えないけど」

 「あ、じゃあ今日一緒にいく? 4人で一緒に行くことになってるんだ」

 「4人って誰?」

 「私と沢村君とさいさんと上屋敷さん」

 吉安さんの表情がぱっと明るくなり、

 「え? 沢村もいくの?」

 「うん、彼が第一発見者なんだよ」

 「行く行く、私も行く」

 もう完全に子猫より沢村君目当てじゃん。


 私達の会話を聞いていたのか前の席の松葉君が振り返り、

 「そういえば吉安にまだ約束果たしてもらってなかったな。今日果たせ。俺も行く、おい吉安、約束忘れてねえだろうな?」

 そう言えば口留め料としてハンバーガー1個奢ってもらう約束してたよね。松葉君、ナイスリメンバー。

 「覚えてたんかー、うぅぅ、まあしょうがない」

 やったー。




 そんな会話をしていると1限目の数学Iの先生が教室に入ってきた。


 放課後が楽しみだなあ。

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