第24話 悲しみと安堵

 悲しみと安堵



 5月の中旬のその日、私は日直だった為、放課後皆が帰った教室で黒板を綺麗にし、黒板の右下にある『日直』の所に明日の当番の望月さんの名前を書く。


 自分の机に向かい日誌を書いているとガヤガヤと3人の女生徒達が入ってきた。


 「水原じゃん」

 私が見ると酒井田理沙さん、玉田友里恵さん、沖田奈緒さんの3人がガムをクチャクチャ食べながら話しかけてきた。

 酒井田さんら3人は所謂ギャル系という部類で髪はミルクティーのように染められメイクも濃く、スカートは下着が見えそうなぐらい短い。上履きの踵を踏んでペタペタと歩いてくる。

 正直、あまり関わりたくない人達だ。


 こんな時間まで何をしていたのだろう。みんな帰ったと思っていたのに。


 彼女らは椅子に座り片足を上履きのまま椅子の上に乗せる。ただでさえ短いスカートが捲れインナースパッツが露わになる。


 「水原~、前から気になってたんだけどさ~」

 『前から気になっていた』

 この前置きの後には大抵あの質問が来る。


 「あんたなんでこの学校にきたわけ?」

 やっぱりね。散々みんなに訊かれている事だ。その度に適当に誤魔化してきたんだけれど。正直に打ち明けたのは慎太郎君だけである。


 「まあ、いろいろあって、へへへ」

 「いろいろってなんだよー?」

 「まあ、色々……」


 酒井田さんは口の中のガムを窓から外にペッと吐きだし、

 「沢村の追っかけ?」と言い出す。

 「全然違うよ、沢村君とは本当に偶然で」

 「そんな偶然ある? あんたと沢村が同じ位の学力なら解るよ。でもあんたはバカマジメで勉強も出来るじゃん。沢村の事追いかけようと思えばできるよね」

 「でも本当に違うよ」

 「じゃあなんで?」

 と彼女は食い下がる。ここまでしつこく聞かれるのは初めてだ。

 

 「まあ、自立したかったっていうか」

 私は遂に嘘まで吐いて誤魔化そうとした。

 

 「ほんとにかなー?」

 「うん……」


 「無理やり地元離れるパターンってさアレじゃね、イジメとか」

 ドクンとした。

 私の顔は硬直し作り笑いも消えた。


 「あれ? 図星?」

 「……」

 「ちょっと理沙、もうやめときなって」と玉田さんが横から口を出す。

 「だってオモロイじゃん、イジメだって」

 私は否定も肯定も出来ずただ視線を床に落とし耐えるしかなかった。


 「どんなイジメされてたの? おしえてよー?」

 「……なんかない……」

 「あ? きこえなーい」

 「い、イジメられてなんかない」

 「あ、イジメる側? おーこわ」

 なんでこんな意地悪するんだろう。どうして普通に接してくれないのだろう。別に友達になってくれなくたっていい。普通に接してくれるだけでいいのに。敵か味方か。0ゼロ100ひゃくしか無いのだろうか。


 「だいたいさ、田舎者いなかもんなら神奈川じゃなくて山梨とかの学校に行った方が合ってたんじゃないの? 無理して出てきちゃってさ。浮いてるよ、あんた。田舎者は田舎からチョロチョロ出てくんなよなー」

 「ちょっと理沙、マジ言いすぎだって」


 悲しくて悔しくて涙が出て来た。目一杯俯き涙が見えないようにした。


 「ヤベ、泣いちゃったよ。 もう行こう、白けたし」





 教室に一人になっても私は席に着いたまま俯き、涙が零れないようグッと目を瞑っていた。

 陽はどんどん傾き教室を茜に染めていく。どのくらいそうしていただろうか、教室に誰かが入ってくる音がした。涙を見られたくないため振り向かず席でじっとしていた。

  

 教室に入ってきた人物は机の中をごそごそ漁っているようだ。私の存在に気付いている筈なのに何も話しかけてこない。でも私はその人物が誰であるか薄々判っていた。音のする場所からして沢村君だ。忘れ物でもしたのであろうか。


 私は彼が目的を果たす前にその場を立ち去ろうと席を立ち、振り向きもせず、無言で歩き出した時、

 「おい」と呼び止められてしまった。


 沢村君の声だ。


 私はその場で彼に背中を向けたまま立ち尽くす。



 だけれど、もう一度声がかかる事はなかった。



 不意に私は肩を掴まれ無理やりに彼の方に振り向かされた。


 私は首を限界まで下に曲げ涙を見せないようにする。




 「お前、泣いてんのか?」

 いつもの沢村君とは違うその温かい声を聞いたとき、悲しみや悔しさとは別の感情が噴出し、


 「う、うわああああああああああああああん!」

 私は盛大に泣いた。


 一番涙を見せたくない人の前で、一番弱みを見せたくない人の前で、盛大に泣いた。

 肩を掴まれた腕の袖にしがみ付き、もう涙を隠そうともせず顔を上げ盛大に泣いた。


 「お、おい」

 

 解っていたのだ。親元を離れ一人知らない街で生活する。寂しくて、心細かったのに、自分から逃げて来たから気付かない振りをしていただけなのだ。


 周りが味方ばかりの時は気付かなかったのに、敵対する存在が現れて初めて気付くのだ、心細い事に。


 悲しみに打ちひしがれている時に同郷の彼の存在が頼もしく心強く感じてしまい、安堵の涙が止まらないのだ。


 まるで迷子の子供がようやく母親を見つけた時の様に、いつまでもいつまでも盛大に泣いた。

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