第16話 日柴喜佳代を訪ねて 2

 日柴喜佳代ひしきかよを訪ねて 2



 祥太君がチャイムを押してしばし待つ。インターホンではないので中の人が出てくるまで待つしかないのだ。

 しばらくすると、「ガチャリ」と解錠する音がし、ドアが開くと一人の女性が顔を出した。

 私はその女性を見てビクっとしてしまう。


 40歳くらいであろうか、髪は長く金髪でボサボサ。さながらライオンを彷彿とさせる。眉毛は無く顔色も悪そうだ。今まで寝ていたのか目を擦りながら、「はい、だれ?」と不機嫌そうに聞いてくる。

 祥太君は一歩前に出て、

 「あ、突然すみません。僕たち佳代さんの知り合いなんですが、佳代さんご在宅でしょうか?」と女性に尋ねた。

 知り合いと言ってしまって良いのだろうかと私は少し不安になったが、

 「ああ、佳代? ちょっと待ってね」と言って女性は再び部屋の中に引っ込んでしまう。恐らく睡眠の真っただ中であったのだろう、私達が何者なのか気にするのも億劫な感じだ。


 しばらくすると再びドアが開き、しかしまた先程の女性が顔を出し、

 「いないねぇ、どっか遊びにいってんじゃない」と言った。


 「そうなんですか、何時頃お戻りか判りますでしょうか?」と、祥太君はなおも問いかける。

 「さあねえ、夕方かもしれないし、夜かもしれない。帰って来ないかもしれないだよ」と、幾分面倒くさそうに答えた。

 続けて、

 「悪いけど私、夜の仕事してるから寝なきゃならないだよ。また時間見計らってきてちょうだいな」と言われてしまい、

 「あ、すみませんでした。ありがとうございます」と言って私達は頭を下げる。

 ドアは閉められてしまい私達二人は立ち尽くした。


 「どうする? 佳代ちゃんが帰宅するまで待つ?」と祥太君。

 せっかく静岡まで来たのだ。このまま収穫もなくおずおずと帰るわけにもいかない。

 「とりあえず待ってみようよ」と私は答えた。

 「そうしようか。じゃあ夕方までどこか時間の潰せる所を捜そうか」と言って祥太君がフロアの出口に向かう。私もそれに続いた。


 出口から外に出るとちょうどそこに一台の乗用車が横付けされたのが視界に入った。

 やがて助手席のドアが開き一人の女性が降りてき運転手の50歳位の男性に、「ありがとー、まいどあり」と声を掛け手を振っている。

 車が立ち去ると彼女は鞄から封筒のようなものを取り出し中を確認している。


 「あ、あれは、佳代ちゃんだ」と祥太君が言う。

 「え?」


 佳代さんらしき女性はややふっくらと肉付きが良く、髪を金色に染め下着が見えそうなくらいの短いデニムのスカートを穿きスカートの裾からは豊満な太ももが露わになっていた。化粧は歳の割には濃く長い爪には色鮮やかなマニキュアが塗られている。封筒の中身に夢中の彼女は私達に気が付かない様だ。


 「行こう」と言って祥太君が女性に向かい、私も慌てて続く。


 「あのう、すいません」と祥太君が声をかける。

 女性は立ち止まり首は封筒へ向けたままで上目遣いに祥太君を見た。


 「間違ってたらすみません。日柴喜佳代ひしきかよさんではないですか?」

 女性はぽかんとしつつ、

 「そうだけど?」と答える。

 「よかった。僕、朝霧祥太と申します。覚えてないかも知れないけど以前このマンションに住んでたんですよ」

 「はあ……」

 かつてこのマンションに住んでいたと言うだけで声を掛けられたら誰しも戸惑うであろう。

 「それと、僕たち同じ幼稚園に通ってたんだけど覚えてないかな?」

 佳代さんはしばし祥太君の顔を凝視しつつ思案しているようだったがやがて、

 「祥太?」と言った。

 「そうそう、祥太だよ」といつもの爽やかスマイルで祥太君が嬉しそうに言う。

 「あははは、祥太じゃん、何? そのダサイ格好、あははは」と佳代さんは祥太君の服装を見て大受けしている。

 ちょっ、佳代さん、あまり彼を傷付けないでおくれ。

 「いやあ、今、神奈川に住んでいるからさ」と祥太君は少しプルプルしながら理由にならないような言い訳をする。

 「へえ、神奈川ではそんなん流行っているんだ。やっぱ都会は違うだねえ」

 佳代さん、勘違いしないでおくれ。


 「んで、今日は突然どうしたの?」

 一頻り笑い終えた佳代さんが当たり前の質問をする。

 「実は幼稚園時代の事で少し佳代ちゃんに聞きたい事があってさ、今日時間あるかな?」

 「聞きたいこと?」と怪しむような目つきで祥太君を見る。

 「悪いけど、変な洗剤とか羽毛布団とかなら買わないよ?」

 「そんなんじゃないって」と手を振りながら祥太君が身の潔白を証明する。


 「ふーん、まあそれならいいけど。もう用事終わったし」

 私は先程の光景を思い出す。年配の男性に「まいどあり」と言って受け取った封筒の中身を確認していた光景。あれはもしや……。

 いらぬ詮索はしない方が良いのだろうが気になってしまう。


 「どこかゆっくり話せる所ないかな?」

 「家さあ、母親が水商売しててさあ、昼間は友達つれていけないさぁ」

 「じゃあどこかお茶でもしながら」

 「ちょっと歩いたところにナックあるからそこ行こうか」と佳代さんが言いながら私をちらっと見る。

 「あの娘はだれ? 彼女?」

 「いやいやいや、違うよまだ。後で説明するよ」

 祥太君はさらりと聞き捨てならない事を言う。


 「とりあえず行こうか」と私達3人は佳代さんの案内で歩き出した。

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