第15話 日柴喜佳代を訪ねて
ゴールデンウィークの初日、私と祥太君は横浜駅のホームにいた。駅は混雑しており、老若男女様々な人々が様々な方向へ往来している。
4月も下旬になると暑い。午前9時だというのに太陽はギラつき地面や建物を加熱していた。
私達は今から私の地元の静岡に行く。若葉7戦隊の一人、
彼女の連絡先がわからないため直接会いに行こうと言うのだ。しかし、私はいささか不安だ。地元の知り合いにでも遭遇したらと考えると憂鬱になる。そんな事情を知らない祥太君は旅行気分でお気楽なもんだ。
私はホームの売店でお茶とチョコーレトを買った。電車での長旅、途中でお腹の虫が囁こうものなら祥太君のみならず他の乗客にも私が食いしん坊だと表明するようなものだ。
そのような事態は断固として避けなければならない。
何故、私達は新横浜駅ではなく横浜駅にいるかというと、連休初日の帰省ラッシュを避けたという事もあるけれど、旅費を節約するために在来線で行こうと決めたのだ。新幹線の半分以下の運賃ですむ。
さて、祥太君はというと、ユニオンジャックがプリントされた生成りの長袖のTシャツの上に黒いメッシュのランニング、さらにタイトな黒いジーンズを履き、腰には金属の鋲が撃ち込まれている皮のベルト。さらに、黒いミドル丈のブーツにジーンズの裾をインしている。
爽やかボーイの祥太君。君は何か間違えているぞ。君は何をめざしているのだ。
友人と街へ遊びに行くというのならそれでも良いだろう。しかし、私たちは今から古い知人に会いに行くのじゃぞ。そんないで立ちで警戒されないだろうか。
そんな私の心配をよそに、祥太君は両手の親指だけをジーンズの前ポケットに入れ、ひっきりなしに首を上下させては己の服装をチェックしている。
大丈夫。人は外見やファッションではない。中身が大事なのだ。
私は『CHRISTMAS』という文字と雪だるまがプリントされた赤地に白い襟付きのトレーナーにベージュのキュロット、靴は普通の運動靴である。
ちょっと派手だったかなあと思うけれど、せっかく遠出するんだしこれくらいじゃないとね。
私が無理やり自分自身を納得させていると、私達が乗る列車が入線してきた。
車内は割と混んでおり座席を確保する事は出来なかった。
私達が座席を確保出来たのは大船駅を過ぎた頃。シートに腰掛け二人してほっと息をつく。
私は先程買ったチョコレートの封を切り、自分で食べる前に祥太君に「どうぞ」と言って差し出した。一粒つまみ、「ありがとう」と祥太君。
「さて、まずは僕が住んでいたマンションまで行くしかないね。佳代ちゃんがまだ住んでいるといいんだけど」
「そうだね。佳代さん、祥太君の事覚えているかな」
大磯を過ぎた辺りから街並みは徐々に密度を減らしていき、畑が目立つようになってくる。
「あとは僕達の事をなんて説明するかだね。幼稚園で同じ組でしたとストレートに行くしかないのかな」
「うん、変に誤魔化すと余計怪しまれるかも知れないね」
「僕も、小学3年生の頃からは背も伸びたし、面影は残っているかも知れないけど、忘れているかもしれないな」と肩をすくめる。
「私は佳代さんの事を全く覚えてないからなあ、突然訪問して迷惑にならないといいけど」
私は一抹の不安を覚える。佳代さんが私を見てどうのこうのと言う事ではなく、単純に地元に帰る事にだ。
電車は熱海に到着し、私達は乗り換えの為電車を降りる。次に乗る浜松行の電車はすでにホームに停まっていた。ここではすんなりシートを確保する事が出来、4人掛けのシートに2人並んで腰かける。
私はペットボトルのお茶の栓を開け一口飲む。
やがて電車は動き出し熱海駅が遠ざかって行く。佳代さんのマンションの最寄り駅までは40分程度であろうか。
その間、私達はお互い会話することもなく、私は車窓越しの街並みをぼんやりと見つめていた。
目的の駅に到着すると祥太君がスマホを弄りながらルートを検索しているようだった。私は駅の売店に立ち寄り甘い物を物色する。キャラメルの箱を一つ掴んでレジにて購入した。
祥太君は一瞬私を捜したようだけれどすぐに私の姿を確認するとスマホを手に取り駆け寄って来る。
「歩いて20分くらいだね。どうする? お腹減ってるなら先にランチでも食べるかい?」と祥太君は言うけれど、私は周囲を見渡して肩をすくめる。
「なんにもないよ、この辺り」と私。
駅前はタクシーのロータリーになっており、その先に自転車置き場。さらに先にはコインパーキングがある位で、あとは普通のお宅が立ち並んでいた。
「本当だね。じゃあマンションに向かいながら途中でコンビニでもあればソコで済まそうか」と祥太君。
「うん、そうしよう」
と返したものの、コンビニかあ、と少し残念に思った。男の子はお腹さえ満たせれば何でも良いのだろう。
陽は高く昇り私達の真上から日光を照射してくる。長袖でなければ日焼けしそうだ。
途中コンビニを見つけ、「中で食べよう」と祥太君。
私は野菜とハムのサンドイッチ、赤飯のおにぎり、林檎ジュースを持ってレジに並び更にアメリカンドックを注文した。
祥太君はミートスパゲティを買って温めてもらっている。
イートインの席に着き軽いランチで私達はお腹を満たした。
「あと5分位だと思う」と、食事を終えて口元を拭きながら祥太君が言う。
私達はついでにお手洗いを借りてからコンビニを後にした。
本当に5分程度歩いたところで、「あれだよ」と祥太君が指をさしながら言った。その指の先を見ると3階建てのマンションが見える。各階5部屋あり全部で15部屋の中規模なマンションのようだ。
「僕は2階に住んでいて、佳代ちゃんは1階だった思うんだけど、どの部屋かまでは知らないんだ」と祥太君は言う。
私は、「とりあえず郵便受け見てみよう」と提案した。
「そうだね、行ってみよう」
マンションは築20年くらいであろうか。田舎のマンションであり、オートロック機能などはついておらず、すんなりと郵便受けのあるフロアに入ることが出来た。
1階の郵便受けを観察すると、102号室のポストに『日柴喜』と書かれてあるのを発見した。
「良かった、まだ住んでいるみたいだ」と顔を綻ばせながら祥太君が呟く。
「102号室だね。どうする? 行く?」と私は訊ねる。
ゴクリと一つ息を飲み込むと、「うん、行ってみよう」と祥太君が言った。
私達はドアの前に立つ。祥太君は一通り自分の身なりを確認し、「押すよ?」とチャイムの前まで指を持っていき訊ねた。
なんかドキドキしてきた。別に悪事を働こうと言う訳ではないのだけれど些か緊張する。
私が無言で頷くと祥太君はチャイムを押した。
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