第14話 午後のひととき 2

 午後のひと時 2



 教室に戻り席に着く。授業まではまだ10分程ある。私は次の科目の予習でもしようと教科書を机の中から取り出しそれを広げようとした時、

 「ねえ、水原ー」と声を掛けられた。

 声の主に目を移すと私の右隣の席の吉安雪見よしやすゆきみさんだ。彼女は両手を机の上に乗せ突っ伏した姿勢で首だけコチラに向けている。

 吉安さんは長いストレートの髪を明るめの茶色に染め、制服はキチンと着こなしている。スカートがやや短い気がするがスタイルの良さもあってか歳の割に上品な大人の雰囲気がある。顔も整っており羨ましい。こんな人を私の隣に置くとは神様も残酷だ。


 「あんたさあ、お昼いつもどこ行ってんの?」

 『一人ぼっちで』と顔に書いてある。


 「中庭でご飯食べてるよ」と私は答える。

 「一人で?」と何やら詮索するような目でなおも追及してくる。

 「うん」

 なんだろう。私の行動が怪しいのだろうか。


 「一人でお昼食べて寂しくないの?」

 そんな事考えたことも無かった。今までそうだったし、これが私の日常なのだから。

 「うーん……、考えたことも無いかな」と私は正直に答える。

 吉安さんは少し身を起こし更に訊いてきた。

 「あんた友達いないの?」

 その質問に少し動揺してしまう。

 祥太君や慎太郎君とは友達と言えるだろう。

 「いや、ちゃんといるよ、ハハハッ」となんともぎこちなく答える。

 「それならいいけどさ。なんかあんた見てると一人ぼっちにみえたからさ。あんたみたいなマジメで勉強が出来て地味でダサイ優等生と、この学校の他の生徒らは種類が違うじゃん。言わば浮いてる訳。孤立してんじゃないかと心配してんのよこれでも」

 いくつか聞き捨てならない形容詞も含まれてるけど、孤立など私の得意分野だ。何を今さら気にしよう。ただ、そんな今までの自分から脱却しようとこの学校に進学したのは事実だし、出来れば友達も作っていきたいとは思う。

 「なんならお昼私達と一緒に食べてもいいんだよ?」

 私は素直に嬉しいと思った。こんな風に接してくれる人が今まで私には居なかったのだ。

 嬉しいと思いつつもどこか慎重になってしまう。

 中学の頃からの付き合いならいざ知らず、新入生の、特に入学して数週間の友情など降り始めた雪の様に脆く儚いのだ。軽い気持ちで信用しても僅かなきっかけで掌を返される事を私は知っている。そう、中学1年生のあの時の様に。

 それでも吉安さんの申し出は素直に嬉しかった。

 「うん、ありがとう」と言った私の瞳には少し涙が潤んでいたのだと思う。それに気付いた吉安さんは急に話題を変えてきた。


 「ああ、ハハハ……、それで、ここからが本題」と吉安さん。



 「あんた沢村と仲いいじゃん」

 何をおっしゃるウサギさん、じゃなかった吉安さん。仲良くなんてないですよ。


 「いや、仲がいい訳じゃなくて同じ中学というだけだよ」と私は必死に否定するけど、

 「でもさ、松葉と喧嘩した時だって、『サ、サワムラくーーーん』って駆け寄ってたじゃん」

 そんなだったっけ。

 そう吉安さんが言った時、私の前の席で机に突っ伏して寝ていた筈の松葉君の肩がピクっと動いた。


 「いや、アレはただ、同じ中学の好って言うか、本当に深い意味はなく、何ていうかその、本当に別に何も無いし仲良くもないんだよ」と私は弁解する。


 「本当にそう?」

 「うん、本当にそう」

 「アイツの事を好きだとか、付き合いたいとか、そう思ってないの?」

 「も、も、も、勿論、そんな事、思って居るわけないじゃん、ハハハ……」と答えつつも顔が熱くなってくるのを感じた。

 「ふーん……、じゃあ私が狙っても問題ない訳ね?」

 え? それって……?


 「沢村ってカッコいいじゃん」

 確かにそれは否定しないけど、私は何も答えられないでいた。


 「アイツって彼女いるの?」

 「さあ、知らないよ。私本当に沢村君とは仲良くないし彼のプライベートな事も全然知らないんだよ」

 

 その時、私の前の席で寝ていた筈の松葉君がムックリ起き上がり、

 「何だ何だ吉安、お前沢村に気があるのかよ?」

 寝てたんじゃないんかーい! と私は心の中でつっ込む。


 「ま、松葉? 寝てたんじゃ無いの?」と吉安さんが私の代わりにつっ込む。

 「いや、お前らの会話に俺の名前が出て来たからな、思わず聞き耳立てちまった」と松葉君。

 吉安さんは顔を真っ赤にして、

 「い、今の、沢村に言うんじゃないぞ!」と大人びた吉安さんがあたふたと必死に訴えかける。

 松葉君は厭らしくニタっとして、

 「ハンバーガー1個な、俺と水原に」と容赦無く彼女に言った。

 「ひ、卑怯だぞ!」と吉安さん。

 私と松葉君は顔を見合わせ、「ヒヒヒッ」と嫌らしく笑った。


 クラスメイトとの何気ない会話。こんな情景は今までの私には無かった。明らかに中学時代の私とは違う日常が確かにそこにあったのだ。

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