第13話 午後のひととき 1
午後のひと時 1
「ってな事があったの」
午後の暖かな日差しの降り注ぐ武道場の裏、私は紙パックのジュースを片手に慎太郎君の前にしゃがみ、今朝の出来事を報告した。
この時間になると日向では制服が太陽の日差しを吸い込んで熱くなってくる。
慎太郎君は微笑みながら黙って私の話を聞いている。彼の前髪は風になびき、時折彼の瞳に刺さりそうに揺れていた。
「まったく、私には不良を惹きつける何かがある気がするんだ。例えば前世で不良を沢山殺したとかで呪われているのかも知れない。もしくは不良だけが嗅ぎ取れる匂いみたいなものを発しているのかも」
私は制服のポケットからアーモンド入りのチョコの箱を取り出し、 一つつまんでポイっと口の中に放り込んだ。
こんな私の与太話を文句一つ言わず聞いてくれる。
「あ、慎太郎君も食べる?」
私はチョコの箱を差し出した。
「ありがとう」と言ってその一つを摘み口の中に入れた。
「水原さん、聞いてもいいかな?」
私の話がつまらなかったのか慎太郎君は話題を変えてきた。
「うん、なに?」
「以前から気になっていたんだけど、水原さんみたいな勉強が出来てマジメな人がどうしてこの高校に来たの?」
その質問にドキンとした。チョコを食べる手が止まり全身から汗が滲む。
私の様子に気付いたのか、
「あ、言わなくていいよ、人には色々事情があるからさ」と、慎太郎君は慌てて取り繕う。
沈黙が二人を包み、春の風が木の葉を揺らす音だけがしていた。
「慎太郎君、聞いてくれる?」
私は意を決して口を開いた。
「え?」
慎太郎君は少し戸惑った表情をしていた。
「いや、話したくないなら別にいいよ。ゴメン、変な事聞いちゃって」
「ううん、大丈夫。慎太郎君になら言える気がするの」
彼は黙って私の指の辺りを眺めている。
「私ね、友達がいないの」
「え?」
「中学時代ね、イジメられてた訳じゃないんだけど、みんなから避けられていたの。話しかけても無視されたり、誰も話しかけてくれなかったり」
「それをイジメって言うんじゃ?」
「うーん、広い定義で言えばそうなのかも知れないけど、机に落書きされたりとか、上履き隠されたりとか、そういうのはなかったんだよね。なんとなく一人ぼっちでっていうか」
私は、一人ぼっちになった経緯を簡単に説明した。
慎太郎君は聞いてしまった事を後悔しているようだった。
「そんなふうに3年間過ごすとさ、その中学どころかその地域が嫌いになっちゃうんだよね。とにかくもうこの街から出ていきたい。私を知ってる人がいない所にいきたい。ずっとそんなふうに考えてたの」
「だから寮にまで入ってこの神奈川へ?」
「うん。でも私のその目論見も沢村君の存在で全て無駄になっちゃったんだけどね」
私は更に続けた。
「それでもさ、なんかもう慣れちゃったの、一人ぼっちに。それが普通になっちゃったんだよね。今だってお昼は一人で食べてるし。寮の朝食や夕食だって。通学の行き帰りも、何でも一人が普通なの」
それを喜んでいいものか判らないが、それが当たり前になっているのも事実だ。
慎太郎君は何やら考えていた様だが、
「でもさ、その沢村ってヤツも始めから水原さんを孤立させようとした訳じゃない気がするな」
「うん、私もそう思うよ。結果的にそうなっちゃっただけ。だから彼を恨んではいない。私がその状況を打開しなかっただけなんだよ。3年間もあったんだから私がその気になれば打開できたと思うんだよ。でもする勇気がなかったんだよね」
慎太郎君はギターをそっとケースに置き、
「でも君は……、あの日あの時、俺に話しかけたじゃないか、自分の意志で、口の周りにケチャップをいっぱいつけたまま。それはすごく勇気のある行動だったと思うよ」
ひとつ余計な記憶が混ざってますが。
「ううん、違うの。あの時もし、慎太郎君がギターであの曲を弾かずそこに座ってるだけだったらきっと、私は声をかけなかったよ。そもそもこの場所にすらたどり着けていない。君のギターが私にそうさせたんだよ。もう本当に夢中で、気が付いたら話しかけちゃってたの。君のギターは人に勇気を与えるんだよ」
慎太郎君はポカンと口を開けて私の話を聞いていた。
「だから、慎太郎君。ありがとう」
私は素直に彼に感謝した。
「まいったな」と言って彼は頭を掻く。
「私達、友達かな?」
私は勇気を出して訊いてみた。
彼は私を見つめ、そっと微笑んで、
「少なくとも俺はそう思ってる」と言った。
小さな雲の陰が私達を覆い、しかしすぐに去っていった。
「あ、慎太郎君、飴たべる?」
と言って、私は別のポケットからいっぱいの飴玉を出した。
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