信じてみようかしら?

 私はオリヴィア・ハワード。


 現在ハワード家に越してきてもう3ヶ月ほど経ち、お屋敷の生活に少しずつ慣れてきた。


「さて、今日は何をしようかしら……?」


 私は朝食を済ませて何となく廊下を歩いていると、後ろから急に声をかけられた。


「オリヴィアお嬢様」


 一瞬またあの兄弟の誰かなのかと私は身構えたが、どうも声と呼び方が違う。


 振り返ると、そこにはメイドが立っていた。


 たしか、メイド長のメアリー・ハンだったか。


「あら、メイド長さん、ご機嫌よう」


 私は特に当たり障りのない挨拶をする。


「オリヴィアお嬢様、私のことは気軽にメアリーとでも呼んでください」


 そうメアリーはニコニコと話す。


 そういえば、あの3兄弟は、執事もメイドも基本呼び捨てにしていたな。


 恐らく、貴族はみんなそうなのだろう。


 私は少し考えてから口を開く。


「いえ、遠慮致します。そもそも私はあなたと対等に話すことすら本来許されない身分なので」


 そもそもお屋敷でメイドや執事として働けるという事は、ある程度の学やお家柄もあったりする。


 下町出身の私は、本来ここで働いている使用人よりも低い身分なのだ。


 私は3兄弟は勿論、他の大人の使用人にも心を許してはいなかった。


 大人は特に裏で何を考えているか分からない。

 ハワード男爵だって、私の母を利用しているのかもしれない。


 信じて裏切られるくらいなら、最初から信じない方が楽だ。


 私はもう話も終わっただろうと歩き出すと、メアリーから驚きの言葉が出てきた。



「ですがお嬢様、私も元は下町生まれですのよ?」


「え?」


 私はメアリーを凝視する。


 メアリーは更にニコニコとしながら話を続けた。


「私、ちょうど東側の方の生まれでして。確か中央の大通りのところに、美味しいベーカリー屋さんがありましたよね?

そのお向かいにはケーキ屋さんと八百屋、魚屋があって、確か肉屋の主人が気前のいい人でよくおまけしてお肉を多めにくれましたね~」


「ええ、確かにあの精肉店の父親の方は綺麗な女性にはよくおまけしてたわ。

最近は息子が店番をやっているけど」


「あら、そうなんですね、私ももう20年は行ってないから、久々に行ってみたいですね」


 メアリーの言っている大通りは私の前住んでいた家の裏にあるところだ。


 確かにあそこは30~40年前からある古い店ばかりだが、人気が高く下町では割と賑わっているところである。


 それは恐らく貴族は知らない情報だろう。

 肉屋の店主がおまけしてくれるとか細かいことまで知っているということは、メアリーも本当に下町出身なのは間違いなさそうだ。


「でも待って?

下町出身なのに、どうやってメイド長にまでなれたんですか?」


 私はそこが分からなかった。


 下町の人は本来あまり貴族と関わることはない。


 私の母は仕事で男爵とたまたま知り合ったと言っていたが、そんなシンデレラストーリーが簡単に転がっている筈がないだろう。


 ただでさえ私は母と男爵の馴れ初めすらよく知らないが、メイドまであの荒れてる下町出身なんて、あるのだろうか?


 メアリーはにこやかに答える。


「実は先代の時に、メイドや執事の中で揉め事や言い争いがあったり、物を盗まれたりという事があったらしいです。


先代はそういうことに疎いお方だったらしいのですが、旦那様がお屋敷の主人になった時に、そのメイドや執事の大半を解雇したんだそうです」


「え、そんなことがあったの?」


「はい。それから旦那様は自分の使用人は自分で選ぶと、出身問わずに求人を出されたのです。

私は家事しか取り柄がなかったですから、すぐ様その求人に応募して、奇跡的に受かって今に至るというわけですね」


 私は初めて知る事実にびっくりする。


「それに、ここにいるメイドや執事は下町出身だけでなく、異国の血が混じっていたり、そもそも孤児で家族のいない者もいるんですよ?」


「え? でもそれはそれで危険では?」


 色んな人達を雇うということは、暗殺や窃盗を企てたりする者もいるのではないかと普通は危惧するのでは?


 私の疑問に、メアリーはにこやかな表情を崩さないままこう答えた。


「勿論、求人には物凄い沢山の人が応募しに来ましたよ?

しかし、その半分以上は敵国のスパイだったり、ハワード家に恨みを持っていたり、あわよくばお屋敷から何かを盗もうと企んでる人達でした。


そして、旦那様は相当見る目があるのか、私にはよく分かりませんが、そういう者達はみんな捕まえられたのです」


「捕まえられた?」


 私が尋ねるとメアリーはええ。と答える。


「旦那様がその様な悪人を片っ端から捕まえたお陰で、色々な情報を手に入れたり、後は下町の治安がその時は少し良くなったとか言われてますね~」


 私はまた少し考えてからメアリーに確かめる様に聞く。


「つまり、旦那様は自分の使用人を確保しながら、悪人も捕まえて更に情報をゲットって、大分都合が良くないかしら?」


「まあ、そうなんですよね。

でも、うまくいったのは事実です。

お陰で旦那様の代になってからは一度も屋敷内で事件などは起きてませんからね」


 ですから、とメアリーは続ける。


「お嬢様も、少しずつ信じてみてはいかがでしょう?」


 私は、はぁ、と溜め息を吐く。


 メアリーが話しかけてきたのは、きっと私が誰とも打ち解けていないから、心配してのことなのだろう。


 何より、メアリー自身もあの下町出身なら、私が特に殻に篭っていることも分かる筈。


 しかし、まあ同じ下町出身の人にそう言われると、少しくらいなら信じてみてもいいかもしれない。


「まあ、少しは信じてみてもいいわ。メアリー」


 私は、思わず少し顔が赤くなる。

 流石に自分より一回り以上年上の人を呼び捨てにする事には慣れていない。


 そんな私を見て、あら? とメアリーはクスクスと笑う。




 そして、そんな2人のやりとりを、3人の影がこっそり眺めていた。


「メアリーだけ仲良くなっててずるいわ!」

「まあ、メアリーは誰の心にもすぐに入れちゃう不思議な方ですからね」

「一体どんな話をしたらオリヴィア様の顔がああも赤くなるんだ!?」


 オリヴィアは気づいていないが、勿論メアリーは気づいており、後で3人に上手に弁明したそうな。

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