EP6 たかが噂、されどゴシップ

「ねえねえ、最近夜中に変な子が通りに現れるって噂を入手したんだけど、あれ本当なの?」


 金髪ポニーテールをゆらゆら揺らしながら、アイリー・アップルビーは、リビングのテーブルを挟んで向かいに座るリーアとチリエに、開口一番にそんなことを訊いてきた。途端に、二人の表情が揃いも揃って苦いものに変わる。


 謎の少年が街に現れてから五日経った今日、チリエは正式採用後二回目の非番日だ。そして今、彼女は友人――開口一番に仮面の彼のネタをぶっこんできたアイリーの家に、幼馴染のノーブル・アスターと共に遊びに来ていた。ちなみに、リーアも遊びに来ていることを知ったのはついさっきのこと。案外世間は狭いものだ。


「ふ、ふたりとも……どうしたの?」


 隣に座るアイリーに深緑のショートボブヘアーを撫でられながら、ノーブルは水色の両目を向かいの女性兵士二人に向ける。

 暫しの静寂の後、先に口を開いたのはリーアだった。ため息をつくなり、アイリーのアップルグリーンの瞳を見てこんなことを言う。


「……アイリーって本当……相変わらずね」

「お? つまりは合ってるんだな?」

「まぁ、う~ん……解釈は任せるわ」

「ふっふっふ……カリト一のゴシップ大好きガールは今日も健在ね!」

「「「自分で言っちゃうんだ……」」」


 他三人から総ツッコミを食らったアイリーだが、満更でもないらしく、誇らしげな表情を一切崩さない。いつものことだが、その底なしの自己肯定感はどこから来るのだろうか。やはり、彼女が目を付けた噂が十中八九真実なのが理由か。実際、仮面ボーイとは既に遭遇しているわけで。


「ん~、それにしてもノーブルはいつ会っても可愛いね~! もっとなでなでしてあげる~」

「う~~~……ほ、ほどほどにお願いします~……」


 わしゃわしゃと頭を撫でられて照れているノーブルと、そんな彼女を楽しそうになでなでするアイリー。そんな二人を見て、チリエの口から思わず本音が漏れてしまう。


「ノーブルめっちゃ可愛がられてる……。羨ましい」

「いつもこうなの?」

「うん。前までは撫でられるのはあたしの方が多かったんだけど……。――アイリー! あたしも撫でて、いや撫でろ~~!」


 我慢出来なかったのか席を立ち、アイリーの方に駆け寄るチリエ。もうすぐ十六歳になる彼女だが、まだまだ子供っぽいところは残っている。そんな彼女の頭もまた撫でてやるアイリーだったが、ふとリーアの方に視線を向けると、にっと笑った。


「リーアも撫でてあげよっか?」

「え? ……私、アイリーよりも年上なんだけど」

「いいじゃん、いいじゃん!」

「え~、そうだなぁ……どちらかというと私は撫でる側に回りたいかな」


 いつもの微笑みを浮かべたまま、リーアは席を立つと、アイリーの横……ではなく背後に回った。そして、椅子に座ったままの彼女の頭にポンと手を置く。


「ふぇ?」


 驚いたせいでチリエの頭にのせていた手が離れたアイリーと、彼女を見下ろすリーアの視線がかち合う。見開かれたみどりのその瞳に笑いかけたリーアは、いつもよりもやや低めのトーンで言葉を続ける。


「アイリーはいつも頑張ってるよね、偉い偉い。けど、たまには休んでもいいんじゃないかな?」


 なかなかなイケメンボイス(但し声の主は女性)でそう言われながら頭をポンポンされ、暫くの間されるがままだったアイリーだったが、はっと我に返るなりこんなことを言い出した。


「……だった」

「うん?」

「危うく惚れるところだったわ」

「――へ?!」

「リーアがもし男だったら今この瞬間に告白しててもおかしくなかったわ」

「え、ちょっ、アイリー――」


 真顔でそう語るアイリーを落ち着かせようとするリーアだったが、しかし。


「わ、わかります、アイリーさん――!」

「ノーブルまでなんてこと言ってるの!?」

「わたしの好きな文学作品に出てくる才色兼備な王子様がいかにも言いそうなセリフでしたもの! しかも滅茶苦茶声が良くてとにかくカッコイイ、かっこよすぎます!」

「でしょう!? も~リーア~、何であんたは女なの~~~~! いつも微笑んでるし、人当たりいいし、しかも頼りがいがありすぎるし!」

「本当ですよリーアさん! す、少しは自覚しましょうよ!」

「え、えぇ~…………」


 小花柄でマキシ丈のスプリングドレスの裾を興奮したアイリーとノーブルに掴まれ、困り果ててしまうリーア。助けを求めて、さっきからそういえば静かなチリエの姿を探したが、彼女は知らない間にリビングから退室していた。――花でも摘みに行ったかな、などと推測しつつ、リーアはこの二人を静める方法がなかなか思いつかず、呆然とするほかなかった。



 その後、きっかけを作ってしまったリーアと所用から戻ってきたチリエの二人がかりでもう二人を静めることに成功し、女子四人のお茶会と称した女子会――またの名をゴシップ共有会は仕切り直しとなった。


「あ~、えっと~……さっきはすんませんでした」

「大丈夫よ。もとはといえば私のせいだし」

「あたしが部屋を出ている間に何があったの……」

「聞か、ないで…………。は、恥ずかしい…………」


 苦笑いをしながら詫びるアイリーの横で、恥ずかしさのあまりテーブルに突っ伏すノーブル。そして、テーブルに肘をついて頭を抱えるリーアの横で、状況がわからず視線があちこちに飛ぶチリエ。また暫くの静寂がリビングに訪れたが、アイリーのクラップ音でそれは破られた。


「――とにかく! この場はいったん仕切りなおします! とりあえずみんな、面白い噂とやばい噂、どっちが聞きたい?」

「アイリーはどっちを語りたいの?」

「圧倒的にやばい方!」

「アイリーの言う『やばい』は本当にやばいからなぁ」

「チリエが歴戦の戦士みたいなこと言ってるんだけど……」

「ごめんリーア、今回は冗談抜きにやばいから」


そう言いながらアイリーは、足元に置いた袋から一冊のスクラップブックを取り出すと、あるページを開いてテーブルの上に広げ始めた。目の前に広げられた、茶色く変色したスクラップブックのページの上に点々と貼られているカラフルな紙切れを、残りの三人は興味津々で覗き込む。

 ――しかしそこにあったのは、[城壁には呪いがかけられている][一度出たらもう戻れない][国は魔女の存在を隠している]といった、なんとも物騒な、そして非現実的な内容の羅列。アイリーのうきうきしたそれとは対照的に、三人の表情は複雑だ。


「……アイリー」

「ん? チリエ、どしたの?」

「……珍しく現実味の無い噂を持って来たね」

「え、そう?」

「私もそう思うわ」

「リーアまでそんなこと……え、ちょっ、ノーブルも何で首を傾げるの!? 大スクープだよ?! ――いやゴシップとはいえさ!?」

「……これ、は……流石に……」


 これを信じろと言われて正直に信じる人は果たしてどのくらいだろう。少なくともここにいる四人の中でそれに該当するのはアイリーだけだ。

 その後、結構な時間渋い顔でスクラップブックを見つめていた三人だったが、ふと思い出したようにノーブルが口を開いた。


「……あ、もしかしてこれ……」

「お、気づいた?」

「う、うん。……これ、小さいころによく言われなかった? 『城壁の外に出てはならない。出ようと考えてもいけない』って……」


 ノーブルの声は小さかったが、ちゃんと聞き取れたらしいチリエとアイリーはハッとする。


「言われたことある~、それ」

「あたしも! やっぱり言われたよね?」

「うんうん。あれすっごく謎だったなぁ、城壁の外のことなんてもとから興味ないのにさ」

「へぇ、アイリーにも興味がないものってあるんだ」

「むしろ何で無いと思われていたの?」

「う~ん、なんとなく?」


 この一連の会話にリーアは一瞬首を傾げたものの、すぐにいつもの微笑み顔に戻った。どうも彼女だけは壁の話に心当たりがないらしいが、別に気にするほどでもないと判断したようだ。実際、知らないままでも二十四年間、今日という日まで生きてこれたのだから。


「――ということは、この話は前から在ったってことよね? どうして今更?」


 リーアが純粋な疑問をぶつけると、アイリーは一瞬、本当に一秒にも満たない時間、きょとんとした表情を浮かべたが、すぐににやりとした笑みを浮かべ、こう返してきた。


「こういう陰謀論じみた話って、ロマンがあるよね!」


 ……あぁ、そういうことですか。あっさり腑に落ちた三人は、揃いも揃って苦笑する。

 そうして色々話しているうちに、四人の手元にあった紅茶が冷め切っていたことに全員が気付くのは、もう少し後の話である。

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