EP2 新たな選択肢

「……適正なし?」


 新兵入隊式が終わった後、ストックは新人一般兵の教育担当だった准佐階級の男から言われた言葉を反芻し、眉をひそめた。


「それって――」

「彼女には拳銃も軍刀も使えない、ということだ。一年間訓練したにもかかわらず、未だに眼帯をつけた状態では、照準を合わせることも、距離感を掴むこともできない。かといって両目を出すと、今度は能力を制御しようとして隙だらけになる。仕方がないから、最低限の護身術と体術だけは覚えさせた。そちらはちゃんと習得できているから、安心していい」


 そこまで言うと、准佐はその場を後にしてしまった。この場には複雑な表情のストックと、申し訳なさそうに視線を指導役の方から逸らすチリエが残される。


「――それは安心していい、のか?」


 軍縮が進む昨今において、武器を持つことはそれだけでも大いに意味がある。ナイフを隠し持つことで護身となり、正式なライセンスを取得して拳銃や剣を持ち歩くことで、不意に襲おうとする不届き者への威嚇にもなる。

 ――そして武器の携行は、軍においては職業の証明をも意味する。即ち――毎年数件は決まって起こる、軍人への変装なりすまし騒動の予防の一つだ。今春に軍の制服が、従来のシンプルな紺の詰襟から、今のやや複雑な構造のものに一新されたのも、それが理由の一つだったりする。


 それなのに、チリエには武器の適性がない――つまり武器の携行が許可されていないのは、はっきり言って大問題だ。

 護身用に全員が隠し持つことになっている小型ナイフは、まさしく護身用で制圧向きではない。

 しかもチリエは女の子。いくら身体は鍛えられたといっても、そこら辺の男に力では負けてしまう可能性が高い。彼女の線の細い体を見ると余計にそうとしか思えない。


 ――何かいい方法はないものか。ストックは鈍りかけている頭脳をフル回転して解決策を考える。

 スコープ付きライフルを使わせて、後方からの援護射撃に特化させるか? ――いや、そもそも今運用できるライフルはあったか? 終戦後にほぼ廃棄されたと昔聞いた。何より、ライフル銃は殆ど出番がない。拳銃メインの兵士が臨時で運用するのが通例だ。……となるとこの案はなし。

 投擲武器を持たせるか? ――そもそも投げる武器って何がある? 爆弾系は法律で採掘用のもの以外禁止されているし……。


 そうしてうんうん唸りながら案を何とかひねり出そうとするストックを、チリエは悲しげな表情を浮かべながら見上げていた。彼が悩んでいる内容は、先ほどの会話から容易に想像できる。が、まさか引き合わされて早々から頭を抱えられてしまうとは思っていなかった。

 ――何か言わなきゃ。


「あ、あの――」


 そうして、声をかけようとした彼女の声は――


「ディラー大尉、ちょっと来てくださ…………え、ち、ちょっとまっ、え、えぇ!?」


 別の女性の声で遮られてしまった。なぜか後半から狼狽え始めたその声の方に、チリエとストックは視線を向ける。

 野外訓練場にほど近い、吹きさらしの渡り廊下――そこにいたのは、右目を長い前髪で隠している、亜麻色ボブヘアーの女性だった。晒されたシアンブルーの左目は見開かれ、二人を凝視している。

 チリエの脳裏に五年半前のことが思い起こされた。


「――リーア!」


 そして気づけば、チリエは亜麻色の髪の女性兵――リーア・ヴォストのもとへ駆け寄り、抱き着いていた。抱き着かれたリーアはまだまだびっくりしていたが、胸元に飛び込んできた少女をちゃんと抱き留めることはできた。


「びっくりした……。基礎訓練を乗り越えられた女子が一人だけいるらしいことは噂で聞いていたけど、まさかチリエだったなんて」

「えへへ、あたし頑張ったもん!」

「背も伸びてるし、見ていない間に随分成長したのね。偉い偉い」


 憧れの先輩に頭を軽く撫でられ、チリエはコロコロと笑った。初日から何かと再会続きで、新兵としては何だか安心出来る。それもあって暫くの間、リーアの胴をぎゅっと抱きしめていたチリエだったが、やがてリーアの腕がそっと解かれた上、背後から肩を掴まれて引き剝がされてしまった。彼女を引き剝がしたのは誰でもない、ストックだ。


「おい、その辺にしとけ。嬉しいのは解るが」

「え~」


 呆れるストックと、むくれるチリエ。その光景を見て、リーアは首をかしげながら訊く。


「……ディラー大尉、もしかして彼女の――」

「指導役だ」

「へぇ……なんか意外です」

「『意外です』とはなんだ。言っとくがこれは上からの命令だ、俺が志願したわけじゃねぇからな」

「へぇ~」

「てめぇ……絶対俺の言ったことを信じてねぇな?」

「いえいえ、そんなことはないですよ?」


 リーアはいつも通りの微笑を浮かべているが、これだと本心なのか社交辞令なのか、いまいち判断がつかない。――けどまぁいいや、とストックは本題を切り出す。


「ところでだ、リーア。俺を呼びに来た理由は?」


 ストックの言葉に、リーアの表情が引き締まる。


「北部の研究者が新型の武器を持ってきたそうで」

「またかよ、最近やたらと多いな。先月と合わせて何回目だ?」

「今回で五回目ですね。それだけ皆さん研究熱心なんですよ。で、今回は完全にニュータイプの武器らしいです」

「――ほう?」

「名称は【フレキシブルメイス】。堅い木の棒を柄にして、投擲目的の槍や、打撃目的のメイス、やろうと思えばモーニングスターにもできるそうですよ」

「……ほう」

「チリエの持ち武器がなくて頭を抱えているとティアー中佐からお聞きしたもので、もしかしたらと思いまして」

「あんの野郎……後で小突いてやらぁ」

「それで、どうなさいます? 見に行きますか?」


 そう言われて、ストックはいまだ肩を掴んだままのチリエを見下ろす。そして二人の視線がかち合ってすぐ、チリエはニコッと笑ってこう言った。


「めちゃくちゃ気になります!」

「――だそうだ」

「ふふ、分かりました」


 リーアは少し笑うとそう言い、二人を別の場所へと連れていく。

 ――二人が連れてこられたのは屋内の武術訓練場。主に軍刀選択者が訓練に使う場所で、チリエも基礎訓練期間中に何度も行った場所だ。

 そして、中には既に先客が一名いた。黒く長い前髪で左目を隠し、晒された右目は茶色く、童顔。


「――兄妹?」


 そして、思わずそんな感想が出てしまうくらいに雰囲気がリーアとそっくりな、白衣姿の男性。


 思わずとぼけた声で正直な感想を述べてしまったチリエだったが、ストックから「んなわけあるか」とでも言われんばかりに軽い脳天チョップを食らってしまった。手加減はされているので痛くはなかったが、チリエの頬はまたもや不機嫌そうにむくれる。


「ミルキスさん、お待たせしました」

「え、あ……大丈夫、です。えっと……この二人が?」

「厳密に言うと女の子の方ですね。――チリエ、おいで」


 リーアに招かれるままに、チリエはストックの横から離れてミルキスの前へ行く。そして、気付いた。

 彼が後ろ手に隠している、何かの存在に。


「それ、何ですか?」


 チリエが興味津々で彼の背中側をのぞき込もうとし、それに驚いたミルキスは数歩後ずさる。――彼が隠す木製の棒の先に、つけペンのペン先に似た金属部品が見えた。


「え、それ――ペン?」

「え、えぇっと……どこから説明すればいいのやら……」


 困ったように視線を板張りの床に落とし、しばらく考え込んでいたミルキスだったが、やがて大きく深呼吸をすると顔を上げ、隠すにも隠しきれていなかった武器――【フレキシブルメイス】を改めてチリエの前に差し出した。


「――説明、しますね」



 ミルキス・サーキュレットからの説明を要約するとこうだ。


 【フレキシブルメイス】はその名の通り、様々な武器に変形及び転化させることが可能な武器だ。長いオーク製の柄に、アセットと呼ばれる金属(基本的に軽さ重視の合金)製の部品を付けることで武器となる。


 初期に渡されるアセットは二種類。

 つけペン(細かく言うと、かぶらペンと呼ばれるもの)のペン先と似た形状をとる、投擲及び牽制用の筆槍ふでやり

 王冠のような形状をとる鉄の塊、打撃用のクイーンメイス。

 また、アセットなし、つまり柄の部分だけでも、充分護身用としては使えるという。


 ……と、ここまで言ったところで、ミルキスは言いづらそうにこう付け加えた。


「ここまで説明しておいてなんですが、……僕は代理でそれをここに持って来たんです。本来の制作者は別にいて、その……今は体調不良でまともに動けなくて。代わりに持っていってくれって、彼から頼まれたんです」


 彼は白衣のポケットをまさぐると、二つ折りにされた一枚の紙を取り出して、チリエに手渡す。内側には走り書きで、男性のフルネームと、北部の研究機関――正式名称【カリト産業研究開発機構】の住所、そして所属部署らしき小難しい単語の羅列が書かれていた。


「これが本当の製作者の情報です。故障したり不明なことがあったりしたら、えっと……手紙で連絡してくだされば、本人が対応してくれますよ」


 そう言って微笑むミルキスを、チリエはただじっと見上げていた。

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