第8話 腕時計
「ねえ〜、マヤ」
嫌な笑い顔がこっちに来る。
「何?」
「アンタさ〜ぁ、最近よくサボってどこか出掛けてるよね」
「でも、払うものはしっかり払ってる」
「そだけどさ〜、他の皆に示しつかないからね〜、………」
下卑た笑い。嫌な顔。
「………」
「アンタさ〜、いい時計してるよね」
ニヤニヤしながら私の腕を見る。咄嗟に手で時計を覆う。
「…………」
「…………」
「オイ」
「アン?」
「お前、イイ時計してるな〜ぁ、盗んだのか?」
「違うわよ。プレゼントだよ、プレゼント。マヤに貰った」
「そうなねか?」
「別に」
「別に〜、だってよ。盗んだのか?」
「違う」
「違うっだってさ。いいよね〜ぇ、マヤ?」
「別に、いい」
「いい、だってさ」
「ギャハハハ〜〜〜ァ」
嫌な笑い声が響く。『いい』訳無い。あの時計は優しかったダンナ様が買ってくれた大切な時計。でも、今は仕方無い。生きるために仕方無い…。仕方無い……。
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょう?」
「彼女の腕時計を」
「こちらへどうぞ」
「あさ、こちっち」
「ウン。解った」
腕時計が並ぶ店。優しかったダンナ様とデパートに有る店に。私が腕時計が欲しいと言った。ダンナ様が連れて来てくれた。
「この辺のはちょっと無理かな」
優しい笑顔では無く、苦笑いのダンナ様。
「解った。大丈夫」
「ゆっくり選ぶといいよ」
今度は優しい笑顔
「ウン」
「これ。これがいい」
「これ?色とかは大丈夫?」
「大丈夫。これがいい」
「解った。すみません、この時計をお願いします」
…………………
「お支払いは?」
「カードで」
…………………
「申し訳御座いません。このカードではお支払いはでき無いようです」
「え?さっきも使えたけど?」
「申し訳御座いません。エラーが出ますので、多分」
「そうなんだ……、これ以外手持ちがないさし……」
ダンナ様が焦っている、狼狽している。そんな姿は初めて。
「今後こちらに来る御予定は御座いますか?」
「2週間後にここの一階に指輪を取りに来るけど」
「では、取り置きする事もできますが、如何いたしましょうか?」
「なら、お願いします」
「かしこまりました」
「ごめんね。決済出来なかったから2週間後にまた来るからその時でいい?」
「ウン。大丈夫」
「ごめんね」
「大丈夫」
「ありがとう」
優しく微笑むダンナ様。
時計はその後に買って貰った。この時何を考えていただろう?呆れてた。もっとしっかりしてよって……。それが間違い。時計が手に入る喜びでは無く、ダンナ様に時計をプレゼントして貰う喜びを想うべきだった。呆れるのでは無く、いつもは計画的に物事をこなすダンナ様の違う一面を見れて、嬉しいとか、かわいい?……とか?想うべきだった。今ならそう想える。前は想わなかった。だから今はこうなった。今更後悔しても仕方無いけど…、今はただただ後悔している…、後悔……。
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