偽予言者、世にはばかる
碧美安紗奈
偽予言者、世にはばかる
「例えば、おれが明日東から太陽が昇ると断言しよう。まずその通りになるだろうが、これは予言じゃない。直観に基づく予測だ」
教会に似た建物内。信徒席に挟まれた通路の最深部で、祭壇と向き合う男が拳銃を構えて説教していた。
「もっと先のことだって当てられる。これから約365日かけて地球は太陽の周りを廻るとも言えるし、まずその通りになるだろうが、やっぱり予言じゃない。観測に基づく事実だ」
銃口が狙うのは、祭壇の前に立つ高位聖職者のような身なりの人物だった。
「ようは、こういう考えを発展させたのが占いだろう。何かが起きたときある星が特徴的な動きをしてたから、今度星がそういう動きをしたときも同じことが起きるはずだ。とかな。だがそんなもんは根拠薄弱、ためにあんたも予言をはずしてきた。はずれる予言なんて予想と変わらねぇだろ、ただの詐欺師だ!」
「落ち着きなさい」
銃の標的にされている人物は、悠揚迫らぬ態度でたしなめる。
「あなたの心は悪魔に惑わされている。今ならまだ間に合います、銃を下ろしなさい」
そう、この暗殺者は、目前にいる的たる教祖の作り上げた新宗教の熱心な元信徒だった。その行き着いた先で失望し反旗を翻したのだが、この期に及んでかつて崇拝した対象を撃つ決意が揺らいでいた。
そこを見抜いて教祖は語る。
「さあ、暴力では何も解決しません。あなたは、わたしが世界中を繋ぐ愛の手助けとなれると予言しましょう、身を委ねるのです」
一歩、教祖が近づく。手を差し伸べながら。
そこで、暗殺者は決意。引き金に指を掛けた。
が、同時に教祖の瞳が泳ぐように揺れたことにも気付いた。
「あなたの企てが失敗するとも、予言しますがね」
宣告に反応したときには遅かった。
後ろから、二人の別な信者が静かに近づいていたのだ。教祖は、目配せで合図を送っていたのである。
応戦しようとするも、不意打ちによる三対一だ。暗殺者はたちまち銃を払い落され、地面に叩きつけられて押えつけられた。
「……愚かしい」
態度を豹変させた教祖が、見下して告げる。
「おとなしく従っていればいいものを。一度はたかが同じ人間であるわたしを崇めた人以下のあなたが、マインドコントロールを抜け出せたことは褒めて差し上げます。それを称えて、せめていいことを教えてあげましょうか。そもそも、人間なんて尊敬すべきではないのですよ」
彼は、足元に落ちた拳銃を拾いながら断罪した。
「当然の話ですが、今まで間違ったことしか言ってこなかった人が〝地球は丸い〟と言ったらそれは正しい。逆に、今まで正しいことしか言ってこなかった人が〝地球は四角い〟と言ったらそれは間違っている。誰が述べたかは関係ない、述べられたことの正否のみが重要なのです。なのに、人を尊敬すると〝尊敬するあの人が言ったから地球は四角い〟とか言いだすバカが出てくるのですよ」
拳銃を弄びながら、教祖は嘲笑った。
「そして、人間にはそんなバカが多い。学校でも〝尊敬する人は?〟などと聞かれて答えられるように教わったりするみたいにね。尊敬する人が悪行を犯したら非難せねばならないし、尊敬に値しない人が善行をしたら称えられて然るべきなのに。人でなく個々の言動の善し悪しのみが大切だという、そんなことすらわからないバカが多いのです」
教祖は、動きを封じられた暗殺者に銃口を向けた。
「だったら、わたしを信仰するようなバカな人々は導いてあげねばなりませんよね?」
この教祖の表向きのカリスマ性はとてつもなく高かった。言い訳とこじ付けにまみれた予言を起点に、今でも大きな教団として影響を広げ続けているが、やがては全人類の脅威とさえなるのだ。
実際、後に世界のほとんどはこの教祖とその後継者による信仰の独裁体制に牛耳られることになる。思想の異なる人々は弾圧され、投獄され、拷問で矯正され、それでも従わねば処刑される。
教団の負の側面は隠蔽され、盲信せねば生きていくことさえままならない、一切の自由がない世界となってしまうのだ。
「――あんたが築くのは、そんな腐ったディストピアだった! おれはそうなることを止めに来たんだ!!」
そうした未来を罵倒を交えながら非難し、暗殺者は吼えた。
「それもまた、根拠のない直感ではないのですかね。もっとも、わたしからすれば理想的な未来に思えますが」
いや、ただの直感ではなかった。
それは経験してきた直観。事実だったのだ。
なにせ、将来的に
「まあ、あなたの予言が実現するのを楽しみにしていますよ」
そう言って、教祖は暗殺者を躊躇なく葬り去ったのだった。
偽予言者、世にはばかる 碧美安紗奈 @aoasa
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