とあるボカロPのコラボレーション
あとみく
第1話:サワーPと246P、渋谷で飲む
音というものがある。
俺にはまるで完成した家のような立体構築物のように思える。
技術的なことを除けば、それをつかむのは一瞬のことで、あとはひたすらの仕上げ磨きという感じ。いや、つかむといってもそれは才能ですらなくて、ただ、自分の<素>でしかない。服だろうが部屋だろうがその人のセンスが反映されるが、音楽も芸術もただ、ひたすらにその人自身が表れているだけだ。
ツイッターのメッセージ。
よかったら会いませんか。
ああ、<サワーP>だ。
会ったことなかったっけ。ないな。結構いい曲ばかりだと記憶している。アレンジしてもらったこともあったけど、もうだいぶ前じゃないか・・・。
礼儀としてサワーPのツイッターをここ二、三ヶ月分ざっと見て、その中には自分のリツイもあったりした。新譜もチェックしてくれている。ふうん。好感度が上がる。風景写真が多くてあまり自分の思考をつらつらつぶやかない。そのくせ、いや、それだからか、癖のないいい詞を書くよな。
待ち合わせ場所。渋谷。暑い。ポケモンGOとかやりながら来るんだろうか。俺も相手も顔出ししてないから正直見たってわかんないんだが、あとはラインでやりとりするしかない。
<ついてます>
<まじすか、今改札でました>
<全然、ゆっくりでいいです>
<どんな服?>
<えっと、上が灰色っぽくて、下が黒っぽくて>
<笑>
<スタバのカップ持ってる>
<よし、それ目指す>
<あ、隣のJKも持ってる>
<よし、それ目指す>
<笑>
「どーもー、って、合ってます?そのスタバのカップ」
それらしい若い男性。たぶんこれだ。
「はい、どうも、初めましてですー」
「うわー、何か印象違いますね。こないだのボーマス(註:とある大規模ボカロイベントの略称)いらっしゃってました?」
「あ、あれは委託で、行ってないんです」
「ああ、そうですよね、ですよね」
「もしかして・・・って、あ、暑いか。あっついですよね。店行きましょうか」
「ですねー。暑いっす」
予約した居酒屋に移動。栗色の髪は首までのパーマ、短パンにスネ毛で少し日焼け。顔は淡白。ふうん。
「とりあえずビールとか、いきますか?」
「えっと、俺ハイボールで」
「あ、いっすね。俺もそうしよう」
「涼しいー」
「ね、マジ天国。すいませーん」
注文してから、ふと気づいた。
「あれ、サワーPってサワーじゃなくていいの?」
「あ、あは、そうきますか。あーそうきましたか。次頼みます」
「サワー好きだからじゃなくて?」
「これはねー、本名ですね」
「え?」
「あ、沢っていいます。ほまれじゃないです。簡単なほうの沢」
「・・・えー、さわーぴー・・・まさか本名でPやってたとは」
「でしょー?」
「おどろきでしたね」
ハイボールが来て乾杯。音頭は沢君が、「初対面に乾杯」と。
「くうー、うまい」
「暑かったからねえ」
「
「246の近くで育ったんだよね」
「246って、・・・そこの?」(註:国道246号線のこと。渋谷を通っている)
「うん、まあ」
「へえ、てっきり偶数の何かかと思ってました。何か、数学的な何かかと」
「全然。あの、呼びにくいと思うんで、んー、イケダって呼んで下さい」
「・・・んー、って、え、池田さんじゃないんですか?」
「違います」
「え、・・・あ、別に・・・いいけど・・・」
「いや、何か、本名ってどうもだめで・・・何ていうか、こう、活動中は他人でいたいっていうか」
「活動中」
「その、音楽、やってるときって、俺別人のつもりっていうか、こう、違うとこでやってる感じだから、その・・・本人がダサいんでね」
「いや、そんなことないっす。ってーかイケメンでびびりましたもん」
「それはない」
「ないことないないない、もっと顔出しすればいいじゃないですか」
「しません」
「まーしないですよね。していいことないですよね」
「ない」
「え、でも・・・話戻っちゃいますけど、え、い、イケダさん、自分で自分のことダサいって思ってるんですか?・・・って、なんかひどい質問だな」
「いや、いい、いい。そう思ってるもん。ダッサいよ。やってらんない。え、だから音楽やるんじゃないの?別世界に入ってないと生きていけない」
「えー、そうすか。やー、楽しそう。よし、語る前にちょっと食いますか」
「お、いいね」
「でもなー、俺なー、大体、食ってると満足するじゃないですか。サシで飲んで、食って、別に何か特別話さなくても、何か、分かった感じになるとそれで満足しちゃうってありません?んで帰ってから、もっといろいろあれやこれや、訊けばよかったー!って」
「ああー、あるかもねえ。・・・って、いうか、でもそんなに飲む機会ないし、わかんないけど」
「あ、そうなんすか?えー、じゃあ、貴重な機会をいただいた?」
「いや、うん、まあ・・・出不精だからね」
「家でこもってやるタイプですか?」
「うーん、そうねえ」
「俺、あれなんですよ。恥ずかしながら実家暮らしなもんで、つい、やっぱ、外出たくなって」
「あー、そうなんですか。・・・えー?やりにくくない?」
「まあそうなんですけど。だから、いつも夜中ですかねやるの」
「えー・・・あ、でもまあ夜中にやるのは一緒か」
「まー昼間にやるのは無理ですね。だから大体ほっつき歩いてるか、寝てます」
「なるほど」
丁度料理が来て、しばらく春巻きだの揚げ物だのをつまむ。箸の遣い方とかをつい見てしまう。年下、だろうなあ。
「・・・ごめん。・・・お幾つ、だったりする?」
「あー、お幾つ。おさんじゅう」
「おー。若い若い。すばらしいわ」
「えー、い、イケダさんお幾つですか」
「んー、四つ上」
「まじすか。えー、まじすか。先輩だ」
「いやいや、関係ないから。別に、丁寧語みたくしてくれなくて、全然、気になさらず」
「まーでも、関係ないのは確かですよね、ってか、そう思いたい自分がいますね。やっぱ、こう、十代とかですごい、飛ばしてる人とか、いや、しかもクオリティすごい人とか、うえー?って思いますね、自分十代の時そこまで出来てたか?って」
「あるある」
「なんつーか、曲云々もだけど、受け答えとか?こう、イメージ戦略的な?いや、どこまで考えてるかわからんけど、オトナ!、っていうより、ああ、そういうことまで別に、出来るんだーみたいな」
「いや、わかるわかる。別に、嫉妬ってわけじゃないけど、いや嫉妬だけど!、でもそうじゃないけど、ぽかーんと、こう、すごいなーって思う」
「・・・遠くへ来ましたねー。どうすか?今まで、やってきて。もう、小さい頃からやってます?」
「音楽?いや、ううん、・・・高校、くらいかなあ。全然、自分がそっち向かうとは思ってなかったよね」
「ふうん」
「え、沢君は?」
「俺、俺はもうちょっと・・・小学校、高学年くらいから、ちょっと意識してたかな。バイオリンやってたんですけど」
「すげー」
「いや、ほんと習い事やってただけで、それは全然、小学校だけでやめたし」
「でもすげーわ。そんな、小学生なんて、もう幼稚園児じゃん。ってか胎児じゃん。意識高すぎ」
「た、胎児ってこたあないでしょ。何すかそれ。いや、まあ、ガキんちょですけど、胎児ではない」
皿が空いて、沢君がメニューを開く。特別言葉はなく、「これとか?」「うんうん」みたいな目配せで次を頼む。
「じゃあ、ちょっと話戻りますけど、イケダさんはその・・・本名とP名とかも含めて、音楽的な生活っていうか、そういうの、オンとオフ的な感じですか」
「うーん、・・・そう、だね」
「俺ずっとオンかもなあ」
それから飲み物をお代わりして(今度こそサワー)カルパッチョとオムレツを頼み、沢君が一度トイレに立って、俺はスマホを見たい欲求をこらえた。失礼、ってほどじゃないけど、何となく、意地。
しかし入れ替わりにトイレに立って帰ると沢君はもちろんスマホをいじっていて、俺が座ってもまだやっていて、んー、ちょっと何だかなと思ったらこちらへ画面を見せてきた。
「ツイッター、あげてもいいすかね。名前出してもいいです?」
<とあるPと飲んでます。初対面だけどやっぱり音楽どおりの人。初めて話す気がしないや>
(テーブルの上の写真)
「ん、え、それはその、そちらが差し支えなければ、全然」
「あ、じゃあP名出してツイートしまーす」
「え、じゃあ俺もいい?」
「そりゃいいっすよ」
「あ、じゃあさ、証拠的な」
「え?」
「ちょ、グラス握って?同じ、画面に・・・」
「ういーっす」
「交流してるって感じ」
<サワーPとサワー飲んでる!なんかたのしいなあ>
(二人の手とグラスだけ写った写真)
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