10.
主人公が虚無から帰った。
「一体どうなってるんだ?」
彼は前へと歩いていく。
「物語は終わりへと辿り着いたのか?」
主人公は何かを考えているようだ。
「やあやあやあやあ、ひさしぶりだねえ主人公」
「身構えなくてもいいよ、これで良かったんだ、私はもう邪魔はしないよ」
「シオリ、何故ここにいる」
「入れ違いで入ってたはずだろう?覚えていないのかい?」
「虚無へ辿り着くのはもう怖く無くなったのか?」
「虚空へ戻るのが怖かったんだ、虚無へ辿り着くのは構わないさ」
「どちらもあまり変わりはしないと思うがな」
貴方もそう思った。
「俺は読み手であるお前こそが、最後の敵対者だと読んでいたんだ」
シオリは黒い棘を小刻みに揺らしてみせる。
「私は自分が最後の敵対者だと考えていたよ、最後の壁は主人公が出会った最初の人物というのが相場だろう?」
「読み手はどう考えていたんだろうか、どう思うシオリ?」
「私は読み手が何も考えていないと推測するね、賭けてもいい」
ほんの少し主人公が笑った気がした。
「えへへ、じゃあ私が一番乗りで行かせてもらおうかな」
シオリは前へ進むと、そのまま虚無へと帰した。
「全ては時間の無駄だって?そいつらにはわからないだけなのさ」
何もない空間からシオリの声が聞こえた気がした。
「主人公の俺も、読み手のお前も同じ虚構の一部に過ぎなかった」
「例えこの物語が全て虚構で、誰1人存在していなくても、俺達が見た事や感じてきた物はフィクションでは無かったはずだ」
「まあ、お前がどうかは俺に伝わる事はないがな」
主人公は振り返って貴方に話しかけているようだった。
主人公は前へと進みだす。
もう巻き戻ってはいないようだ。
「過ごした時間は別れよりも尊いはずだ、焼き立てのトーストにたっぷりとバターを塗り広げている時のように」
「俺の気分を例えるならそんなところだ、食べ終わった後の虚しさなんて、バターを塗ってる気分に敵わないってことさ」
しかしバターかジャムかは好みが別れるはずだ。
貴方はそんな事を思いながら主人公を見送った。
主人公が『この世界を辿る者』を空虚なゴミ箱に捨てると、彼はそのまま虚無へと帰した。
「まあでも、俺は小説が嫌いなんだがな」
虚無の霞にそんな主人公の声が散っていった。
たった1人
貴方だけを取り残して、この物語はついに虚無へと辿り着いた。
どうしてもやる事が無くなった貴方は空虚なゴミ箱を漁ってみる。
ゴミ箱の中からタイトルの無い本を拾って読んでみるが、本の中身は全て白紙だった。
素晴らしく良い事を考え付いた貴方は、椅子に座って机に本を置き、意気揚々とペンを握りしめた。
この世界を辿る者2 三屋久 脈 @MyakuMiyaku
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