38. ドラゴンの群れ
「来たぞー! 剣兵、魔術兵、共に待機! 弓兵、構えー!」
「うぉおおおおおおお!」
遂にやってきた赤きドラゴンの群れ。
遠くの空に居た赤い豆粒のような点は、瞬く間に巨大になっている。
弓兵の弾幕は、最重要だ。
城壁の高さと弓矢の射程は、ドラゴンの飛行出来る高さを十分に納めている。
矢の弾幕を忌避してドラゴンが高度を下げたら魔術部隊が更に引き摺り落とす。
それを、地上の近接攻撃部隊が叩く。
討ち漏らしが出ないように、ドラゴンの侵攻ラインに幾重にも張り巡らされた城壁と弩が配備されている。
町までには、絶対に辿り着かせない。
今や『ファースト』の町は、まるで一つの生き物のように一つの意志に統一されていた。
「撃てー!」
一斉に放たれた、槍程もある巨大な矢が、ドラゴンの群れに雨のように降り注ぐ。先頭に先行していた三頭のドラゴンが矢に怯み高度を下げた。
後から来ていた五頭が第一の障壁の上空を飛び去っていくが、マリはそれからは目を切った。
まだ後ろには城壁がある。ならば、そちらを任せた冒険者達を信じるしかない。残りは『クリムゾン』を含む二頭。だが、肝心の『クリムゾン』はまだ見えていない。
「弓兵、矢を番え待機! 魔導兵、一斉射撃!」
城壁から魔術師達が顔を出し、手に手に魔術を放つ。
炎、稲妻、吹雪……各々が得意とするデタラメな魔術の群れが、ドラゴン達に襲いかかる。
いくらかは躱す事が出来ても、そもそもドラゴンの巨体は『受けて耐える』ためのもので、回避を意識していない。魔術が直撃して落下したドラゴンに、マリの指揮を待たずに戦士達が一斉に襲いかかる。
戦斧、矛槍、刀剣。ありとあらゆる殺意がドラゴンを一挙に取り囲み、瞬く間に飲み込んでいく。まずは一頭。ほんの、数分。冒険者に群がられ、ドラゴンはあっという間に絶命した。
引き摺り落とされたドラゴンを叩き潰すのは容易だ。ならばとマリは上空に視線を戻す。
「……来たわね!」
少し遅れて、二頭が出現する。
うち一頭、後ろに控えているドラゴンの身体が明らかに大きい。
これが『クリムゾン』だ!
マリは、喉が嗄れんばかりに声を張り上げた。
「これが最後よ! 総員、気を引き締めなさい! 弓兵、撃て!」
先程と同じく、矢の雨によってドラゴンが怯む。そこに魔術を絡めた一撃がドラゴンを墜落させる。
一斉に襲いかかる重装戦士達。ドラゴンも腕を振り回したり、炎の吐息で応戦を試みている。何人かの冒険者をそれで退けたとて、物量には押し切られる。良質な鉄鋼を用いて作られた最新技術による鍛造武器は、量産品であっても竜の鱗を容易に貫いた。
まるで、自分の身体に集るアリ。
潰す事は容易だが、その一匹一匹が全て必殺の武器を持っているようなものである。マリはそんな様を想像して、ドラゴンに同情さえ覚えた。
これは鴨撃ちだ。かつて絶対強者であったドラゴンと言う怪物も、これだけの冒険者達がこれだけの人数で集まれば、こうも歯ごたえの無い存在となるのか。
無限大陸のもたらした人間の技術の発展がそうさせたのだとしたら、航海士マックの予感した、『エターナル』の滅んだ未来というのもあながち夢物語ではないのかもしれない。
「『野蛮なボスカ』が行ったぞー!」
『クリムゾン』と思しき、一際巨大なドラゴンに突進する四人の戦士。
身体が大きい分体力があるそのドラゴンだけは、魔術の一撃に地に落とされても、すぐに体勢を立て直していた。
先頭に立つボスカが、身の丈程もある巨大なバスターソードを構えた。竜が重厚な前足を振りかざす。
「いくぞテメェら!」
ボスカがバスターソードを振り上げる。竜の前足は、その一撃で大きくで弾かれ、大きく体勢を崩す。
その脇を駆け抜ける『女騎士崩れのメア』。構えた突撃槍を、その突進の勢いのままドラゴンの脇腹に突き立てた。
絶叫を上げるドラゴン。振り払おうと前足を伸ばすが、大盾を背負った『臆病者のシロック』が、その一撃を背中で受け止め、メアを護る。
その間にもメアのランスはじりじりとドラゴンの腹に食い込んでいく。徐々に抵抗する力も失われてきている。
最後の手段、とばかりに竜は深く息を吸い込んだ。火炎の吐息だ。しかしメアもシロックも動かなかった。
彼ら二人の双眸は、高く跳躍して重厚なバトルアックスを振り上げる巨人『天を突くマリオ』の姿を既に捉えていたのだ。
竜が吐息を吐き出す直前。マリオに振り下ろされた斧は、ドラゴンの首をあっさりと切断した。
息絶えたドラゴンの胴体の上で、四人は勝鬨を上げている。
他のドラゴンも既に討伐されていた。城壁前に転がるドラゴンの遺骸。
戦いは終わった。なんとも、あっけなく。
「……全然、大した事ないじゃない」
マリは拍子抜けをした気分だった。ドラゴン、そして『エターナル』と言うのだから、もっと多くの者が犠牲になると想像していた。
本当に、これで終わり?
マリは嫌な予感を覚えていた。
いくらなんでも、簡単過ぎる。あっけなさ過ぎる。腑に落ちない。
こんな、並のドラゴンより少し身体が大きいだけのドラゴンが、本当に厄災たる『エターナル』なのか?
何か罠にかけられているような、奇妙な違和感がある。
しかし、報告にあったドラゴンは全部で十。
これで全て滅ぼし尽くした筈だが……。
「マリ! 緊急の伝令だ!」
城壁の下から伝令係が叫んでいた。
「しょ、正体不明の赤いドラゴンが、単独で町の北側から来襲! 恐らく、そっちが本命の『クリムゾン』だ! こいつらは囮だ!」
「なんですって! ……シムリ!」
マリは、周囲の静止を聞かずに城壁から軽やかに飛び降りると、そのまま駆け出していた。『疾風のマリ』と称される彼女の駆け足は、誰にも追いつけない程の俊足だった。
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