37. ギィの異変
対『クリムゾン』用に城塞化された『ファースト』の町は、その日の朝を静かに迎えた。
南側に派遣された先遣隊が伝令を送っていた。『クリムゾン』に動きアリ。
伝令が正しければ、今日の昼前には、クリムゾンはやってくる。
群れを引き連れて、南の空からやってくる。
冒険者達は、既に戦闘態勢を整えていた。
射撃に心得のある者は、城壁上に設置された大弩の射撃準備を。
武芸や魔術に心得のある者は、突撃に備えて城壁裏で武器を磨く者と、町への侵入の最後の砦として立ちはだかる者に別れている。
錬金術師達は、今も怪我の治療薬を作り続けている。
城壁を築き上げた魔術師達は疲弊しており、今は宿で休んでいる。
戦闘が始まったら、戻ってくるだろう。
「……来ますかね」
「……どうだかな」
シムリとギィは『ファースト』の町の守備に配備された。シムリには直接戦闘員ではなく、負傷した者を治癒する衛生兵としての役割を与えられた。
ギィは主に伝令役だ。多くの冒険者と交流があり、顔が広いため、伝達もスムーズだろうと言う判断だった。
マリは最前線の弓部隊の指揮官を務める。警邏部隊の副長として培った経験が買われたようだ。
真っ先にドラゴンの群れと対峙する事になる。怪我をするならば彼女だろう。
前線に行くマリを見送るシムリは、ずっと落ち着き無く手をこまねいていた。
怪我をしないだろうか。そして周りの冒険者達と上手くやれているだろうか。
「そう言えば、カバリさんとか、ボスカさん達って、どこに配置されたんです?」
「……ん?」
ふと、ギィがシムリに聞き返した。
とぼけた訳ではなく、本当にシムリが言った事が分からなかったようだ。
その視線も、どこかふやけている。本当に自分に焦点が合っているのか、シムリには疑問だった。
どうも最近、ギィはボーッとしている事が多い気がする。普段は何事にも目敏くて鋭い彼女にしては考えられない事だった。薬草採集の最中も、しばしば考え事をして手が止まる事はあったが、今日が今までで一番酷い。
「大丈夫ですか? ギィさん、もしかして、体調が良くない、とか……」
「いや、なんか……ダメだな、最近は確かにボーッと……するっつーか……」
不意に、ギィの身体がふらついた。シムリは慌てて駆け寄って、ギィの身体を支えた。ギィの身体は驚く程熱く、どう考えても体調不良だった。
「ギィさん! こんな熱……休まなきゃダメですよ!」
「違うんだ、シムリ……クッソ、なんだこの感覚……うげぇ、ダメだ、気持ち悪い……何かが、アタシの中に……!」
シムリは慌てて『解毒』の魔術を使おうとするが、ギィの身体のどこを見ても、毒の偏在は見られない。再生を施してみるが、体調には変化がない。むしろ、ギィの体調は万全のようだった。
だとしたら、何だ? 一体、何が起こってるんだ?
「と、とにかくお医者さんです! 診せに行かないと!」
「バッカお前……い、今医者は『クリムゾン』の……負傷者の対応が……」
「今はまだ来てませんよ! だったらその前に少しでも」
「や、止めろ! そんな事してる場合じゃ、ねぇんだ……!」
無理矢理にでもギィを背負おうとするシムリの背中を、ギィは弱々しく蹴り飛ばした。暴れた拍子に仰向けに倒れ込むギィ。もはや、起き上がる力もないようだった。血走った目が見開かれ、うなされるように言葉が漏れている。
「あぁ、北……北だ……!」
「北……北のお医者さん、ですか?」
「南じゃない……! このままじゃ、全員が……」
ギィはそれ以上言葉を紡げなかった。既に目はうつろで、呼吸さえも苦しいのか、頭を抑えながら深い呼吸を何度も繰り返している。
ギィは方角の事を言っているようだが、シムリには全くピンと来ない。
それから数瞬後、町全体にけたたましい笛の音が響き渡る。
これが戦いの合図だった。町の南側に展開された前線が、ドラゴンの群れを捉えたのだ。
マリ、どうか無事で。
歯がゆい想いを抱きながら、シムリは背にギィを担いで、近場の作戦キャンプに向けて駆け出していた。
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