36. 戦いの備え
クリムゾン来襲は、およそ一ヶ月後だろうと言う予測が立てられた。
町を囲む城壁の強化、ドラゴン討伐のための装備の急造や、治療薬や食料の確保。やらなければならない事は、本当に山ほどある。
物資は既にソー国の本土から買い付けが為されていた。調査団を派遣するのと同時にこちらの準備も進められていたようだった。
決戦の場は、町への被害を対策するために、町から南数キロの位置。
何もない平坦な地が選ばれていた。
遮蔽物も無い場所で戦うのか、とギルドに疑問を持つ冒険者は多かった。
しかしそんな彼らは、この無限大陸の冒険者達の実力を、まだまだ知らなかったと思い知らされる。
「城壁の形成は土の魔術にて行います。『引き蘢りのメディア』さんを中心として下さい。設計は土の魔術師達に一任。外壁の強化は『火山のゴルジ』さん、『津波のローファ』さんを中心として、職員と労働者の担当です」
『引き籠もりのメディア』は、『フォース』の町を拠点とする老魔女で、多くの弟子を持つ古参の冒険者であった。
彼女は以前の『クリムゾン』が来襲した際も、ソー国の軍人として、その討伐に従事した経験があった。『クリムゾン』の恐ろしさを十分に知っている。
そして、従軍経験のある彼女は城塞や防壁の構造を知り尽くしている。
城壁の基礎は彼女と、その高弟達の土の魔術により、一瞬にして完成する。
横幅三キロメートルに渡り隆起する大地。その表面を、粉末化した大量のマグタイト鋼でコーティングしていく。
その表面を『火山のゴルジ』と呼ばれる魔術師が、炎の広域魔術で一気に焼き融かし、『津波のローファ』が大雨を降らす事で水冷していく。
それを繰り返して、頑丈で高密度なマグタイト鋼の外壁を持つ、幅三キロにも及ぶ巨大な要塞が姿を現した。
その要塞は一つだけではない。数十メートルごとに地面を隆起させて生成した城塞を並べていき、硬質化させていく。
これを五日足らずで終わらせてしまうのだ。熟練の冒険者の格を、シムリはまざまざと見せつけられた。
「上位の冒険者って、なんて言うか……スケールが違うんですね」
「言っとくが、『フォース』の町に住んでる奴らは全員が化け物揃いだぞ。無限大陸の開拓最前線だからな。『何だって起こる』の『何』もスケールがデカいから、自然住んでる奴らもそうなる。アタシらが必死乞いて倒したバジリスクや、デカいモグラなんか、『フォース』の町の冒険者にとっちゃ雑魚も同然だろうよ」
現在シムリは、ギィと共にファーストの町近郊の森で、傷病治療に効能のある薬草の採取作業に従事していた。
魔術によるサポートの出来ない者達は、殆どが物資の供給に駆り出されている。町の外でモンスターが現れるような場所での採取は、ギルド職員の手に余る。集めた薬草は、24時間態勢で稼働する錬金術師達により、各種鎮痛剤、消毒剤等の原料とされていく。
今『ファースト』の町は、その全てがクリムゾン対策のために稼働していた。
「そう言や、マリ様はどうした?」
「その呼び方気に入ったんですか? ……マリは城壁装備の整備ですよ」
「城壁に作りかけのデカい機械式の大弩が並んでたな。アレか」
「エルフは弓と矢を作るのが得意ですからね。空飛ぶドラゴンが相手なら、不足させる訳にはいかないでしょう。突撃兵の槍みたいな矢が倉庫に並んでるの、見ましたよ。あんなの見たら、僕がドラゴンなら逃げ帰りますよ」
「臆病なドラゴンもいたもんだな」
ギィは冗談を返すが、呆れたと言わんばかりの物言いだ。
「ソー国の輸送船からも、巨大な大砲が三基も到着したしな」
「あ、見ましたか、ギィさん。あれも凄いですよね! 砲口なんて、身体丸めれば多分、ギィさんがすっぽり収まっちゃうレベルでしたよ」
「あんなデカい奴何に使うんだよって気もするがな。重過ぎて砲身の向きも変えられねぇんだぞ。ぶっ放した先にたまたまドラゴンが居ました、ラッキー! ……みたいなのを狙わにゃならん」
「えぇ……なんだかガッカリなんですが……なんでそんな不良品送りつけてるんですか……」
「ソー国も必死なんだよ。無限大陸は金の卵を産むガチョウだが、同時にいつ独立宣言をするか分からねぇ爆弾でもある。ここらで支援は惜しみませんよってアピールするために、分かりやすい象徴的な武装を送ったってところかもな」
シムリには政治は分からないが、ギィにはそう言った思惑が見えているようだ。
「ギィさん、なんか……あんまり元気無いですね」
「んー? そうか?」
ギィはシムリと並んで大人しく薬草の採取作業を続けているが、どこか作業ペースも遅く、上の空のようだった。顔色が悪い、と言うよりは、何か別の事を考えていて手が止まっていると言うようにも見えた。
「……『エターナル』は、そもそも何で、人を襲うんだろうな」
遥かなる異界の空より舞い降りた、五つの神の怒り。
傲り高ぶる知恵の者達を滅ぼす天災の具現。
巨獣の言を借りると、彼らはそのように表現される。
「あの言葉を信じるなら、人の傲慢さを嗜める、神の遣いってところですかね」
「神ねぇ。邪神の間違いだろ。傲慢を嗜めるどころか、絶滅させる勢いだぞ。いや、もしかしたら、本当に人間達を絶滅させたいのかもしれねぇ……」
「妙に気にしますね、ギィさん」
「やたらと火の精霊が騒がしいのさ。これも『クリムゾン』の影響なのかもな、と思って」
ギィが魔術を巧みに扱えるのは、精霊と心を上手く通わせているからだ。
そう考えると、妙にそわそわしているのに納得が行った。精霊につられているのかもしれない。
「……騒がしいって、慌ててるとか、そう言う事ですか?」
「逆だ。……喜んでやがるんだよ」
ギィはそれきり、黙り込んでしまった。シムリもそれ以上言葉を継ぐ事は出来ず、二人は再度作業に戻る。
精霊が喜んでいる。
『クリムゾン』の来襲を、喜んでいると言う事か?
精霊は、クリムゾンの味方なのか?
だとしたら何故、精霊は自分達人間にも力を貸すんだ?
精霊の存在を感じられないシムリは、それ以上考える事を止めた。
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