11. 毒蛇の苦悩

 そのバジリスクは、生まれた時から自身が不自然な者である事を悟っていた。

 自身の兄弟であろう者達は、黒ずんだ鱗に包まれている自分と違い、何故か羽毛を纏っていた。弱々しく鳴き声を上げる喧しいそれらは、幸運にも自身の口の中にすっぽりと埋まった。

 周りの羽毛を纏った者や卵を飲み込んでも、不思議と飢えや乾きは癒せなかった。幸いにも、自身よりも強い者は、そのバジリスクの身の回りには存在しなかった。

 何だって食す事は出来たし、追い払う事が出来た。しかし、何を食べても癒されず、日々を過ごした。


 そうしてやがて、バジリスクは辿り着く。

 いつ、どのようにしてその虫を食んだかは分からない。だが初めて喰らったその毒虫こそが、バジリスクの求めている物だと理解出来た。

 胃を犯そうとする虫の毒が、この上ない甘美な痺れをもたらした。バジリスクは理解出来た。生命に害を成す何かこそが、自分にとって何よりの栄養になるのだ、と。


 それからは単純だった。

 縄張りを捨て、世界を渡り歩いた。

 山のキノコを喰らい、鉱物を喰らい、硫黄泉を飲み、腐った沼の水を啜った。海に潜れば、クラゲが居た。ウツボが居た。毒を嗅ぎ分ける嗅覚が導くままに、あらゆる物を飲み込んできた。

 長く生きる間に、抵抗する者を自身の毒で害する事を覚えた。狩りが楽になった。享楽に明け暮れるように、バジリスクは世界を荒らし続けた。


 そうすればするほど、バジリスクは自身の矛盾を感じた。

 自分が飲み込んできた数多の者達は、自身を守る為にこそ身につけたその毒があるからこそ、自分に飲み込まれたのだ。自分がこの世界から外れた存在なのだ、とバジリスクは直感で理解していた。それを気にせず、ふてぶてしく生きて行く事が出来たならどれだけ良かった事か。


 バジリスクは常に孤独だった。そして不運にも賢かった。


 自分は仲間も、番も、なにも持たない。自分が生きて行く中に見た、生物達の営みに交じる事は決してないのだ。

 バジリスクはやがて、自身の滅びを思うようになっていた。

 いつか、自身の次なる渇きを癒す何かが見つかる事を、期待しながら。

 だが、立ちはだかる者に容赦をする事はなかった。鎧を纏う戦士が居た。風を操る魔術師が居た。農機具を手にした人の群れも相手にした。

 人は強い。やがて自身を滅ぼすのは人だろうと感じながら、バジリスクは今、弓を携えたエルフの少女を見下ろしていた。

 エルフの群れの悉くは烏合の衆でしかなく、最後まで抗い続けたこのエルフも弱い。僅かな毒ですぐに膝をついてしまったのだから。

 しかし、傷を負い過ぎた。

 傷を癒す為に、バジリスクはウルフベリーを目指す。アレは良い物だ。この世の何よりも強烈な毒物であり、甘味であった。そうしてウルフベリーの群生地で、甘美な果実を食い付くし、すっかり傷が癒えた頃。


「こっちを見やがれ、化け物め!」


 緑色の小人が叫び声を上げながら、その人差し指から火の魔術を放った。

 飛来する青色の火の玉は、避けるには早過ぎるが、倒れるには弱過ぎる。挑発するように連打する小人に向けて、バジリスクは自身の毒液を喉から射出する。

 身軽に避ける小人は、こちらに背を向けて駆け出した。

 勝利の美酒に酔う暇も無い。だが、大した違いは無い。

 どうせ、ただの暇つぶしのようなものなのだから。

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