07話.[手を出してくれ]
五月になった、なったのはいいんだけど……。
「暇だ……」
翔太は連日遊びに行っているし、両親はGWだろうが仕事があるからどうにもならないし。
私はいつの間にかひとりじゃ嫌になっていて、それでもどうすればいいのかが分からなくてソファに寝っ転がっていた。
「遊びに誘っていいものなのかー?」
家族を含めなければ連絡先はふたつ。
晴菜と
私はずっとタップしては選択を解除してを繰り返していた。
「わっ、電話だっ」
慌てて出てみたら若くない女性の声――普通に母だった。
「牛乳とシチューの素を買ってくればいいんだよね?」
「ええ、よろしくね」
「分かった」
時間つぶしができるのなら手伝いだってなんでもやるよ。
エコバッグを持って外へ、
「うっ……」
その瞬間に熱気が私を迎える。
初夏じゃない、最近はこの季節から普通に暑いものだ。
それでも負けることなくスーパーに向かって、お店に着いたらすぐに物を購入して帰る、ということはせず。
「快適だ」
イートインコーナーに設置してある椅子に座ってぼけーっとお客さんが出たり入ったりする様を見ていられるだけで幸せだ。
それでも牛乳のことを考えてある程度のところで退店、途中で寄り道をしたりもせずに真っ直ぐに帰宅。
「終わってしまった」
もう一度電話よかかってこい!
そう願ったところでそう都合良く電話がかかってくるようなこともなく、私はGW四日目をまた退屈なままで終えることになりそうだった。
「インターホンっ!」
家族以外の人間といるのは嫌(笑)とはなんだったのか。
いまとなっては誰かといられないことの方が嫌だというね。
「あ、翔太は……」
「知生くんかっ、上がって上がってっ」
「え、あー、翔太と約束をしていて……」
「まあいいじゃんいいじゃんっ、ほら上がってーっ」
ジュースだって用意したし、お菓子だって開封したし、なんなら肩だって揉むし、疲れているのなら全身マッサージをしてあげてもいいぐらいの心構えでいるし。
とにかく、悪いことにはならないということだ。
「あれ? だけど翔太は遊びに行っちゃったけど」
「あ、午後からって約束をしてて」
「そうなんだ? ほう、じゃあお姉さんの相手をしておくれよ」
「な、なにしたいの?」
な、なにをしたいんだろうか?
というか小学生を家に連れ込んでてさ、これって法律的にグレーというかアウトなんじゃと我に返る。
「ま、まあ、約束をしているのなら翔太ももうすぐ帰ってくると思うからさっ、ゆっくりしていてよー」
「まゆちゃんといたい」
「そ、そうか」
両者合意の上でならいいか。
落ちつこう、慌てるのは晴菜がしておけばいいんだ。
私はなんでも「そうなん?」で流せる人間。
「お姉ちゃんといっしょにいてくれてありがとう」
「逆だよ逆、お姉ちゃんがいてくれているんだよ」
「そうなの?」
「うん、そうだよ、晴菜には支えられているからね」
先生の娘さんと連絡先を交換した件でだって怒られなくて済んだし特に不満はない。
向こうにとってはどうかなんて分からないけども。
「お姉ちゃんのことが好きなの?」
「好きだよ」
「それって付き合いたいぐらい?」
うーん、でも、求められたら受け入れると思う。
こっちから告白することは多分ないんじゃないかなあ。
「知生くんもそういうことに興味があるんだね」
「当たり前だよ、同級生で付き合っているのいるし……」
やっぱりいるよなあ、私の代にもいたし。
で、やっぱり異性に興味を持つ頃だから知生くんがこうなってもおかしくはないと。
「というか……まゆちゃんに告白したけど」
「確かにっ」
その通りだっ。
待て待て待て、その話題には持っていかないでくれと懇願。
またあの顔を見るのは嫌なんだっ、胸がいってえんだよ!
「簡単にふられちゃったけどね……」
出たっ、相手が小学生だというのもあるんだろうけどさ!
……卑怯だよな、相手は告白できただけいいよな。
こっちなんか勝手に期待されて振ったら露骨に悲しそうな顔をされるだけなんだからさ……。
「その気がないのに受け入れられたくはないでしょ?」
「そうだね……それなら断ってくれた方がいいや」
後からこの子にしておけば良かったっ、なんてことにならないためにもこれで良かったんだ。
彼は自分で自分の視野を狭めていたのと一緒だったから年上として止めなければならなかったんだ。
そして無事にルートを戻せたから安心できた、というところ。
「ただいまー!」
「おかえり」
翔太と一緒にいつまでも真っ直ぐ生きてほしいと思う。
「あ、知生くんっ」
「お、おっす」
「良かったっ、いてくれているならいちいち家に行かなくて済むしっ」
「家で遊ぶ約束だったしな」
ふたりはさっさと部屋にこもってしまった。
小学生の男の子ってどうやって遊ぶのかと少し気になって邪魔してみることにすると、
「あ、カードか」
「うん、格好いいからっ」
そうか、そういえばそんなのもあったかと納得。
いつの時代になっても子どもが興味を持つことにはあまり変化もないかと片付けた。
まあ……いまはゲームとかが主になってしまっているだろうけど。
「また裏でこそこそと知生と過ごしたみたいですね」
今日の活動場所は家庭科室だった。
そこで読書をしていた自分、そうしたらいきなり晴菜が言葉で刺してきたことになる。
「え、あ、翔太と遊ぶ約束をしていたみたいでさ、そういうのもあって家で待ってもらっていただけだよ?」
「どうだか、結局一回も連絡をしてくれなかったぐらいですもんね」
「それは晴菜もそうでしょ? 待っていたのに一度も送ってこなかった」
多分、これは延々平行線になることだ。
どっちにも言い分があって、どっちも事実だから難しい。
「……知生に優しくしてくれるのは嬉しいけどさ、そのお姉ちゃんの相手もしてよ」
「晴菜が来てくれれば相手をするよ、この学校では晴菜しか友達がいないんだから」
「嘘つき、度会さんとこそこそと行動していたくせに」
最近のこの嘘つき口撃には困ってしまう。
そして、こそこそとではなくても一緒に行動したことがあるのは事実だから言い返すこともできないからだ。
「この前の話っ」
「あ、好きになっちゃう? ってやつだよね?」
「そうっ、あれは冗談で言ったわけじゃないからっ」
うん、そんなことを冗談で言うとは私だって思っていなかった。
だってそれで相手が本気にしてしまったら大して分かってもいない人間と付き合うことになってしまうわけだし。
「分かった、それなら私の方から晴菜のところに行くよ」
「うんっ」
恥ずかしいとかそういう感情はない、あったのはただただ邪魔をしたくないなあという気持ちだけ。
それでも本人が来ることを望むと言うのなら一切気にせずに近づけばいい。
それで彼女の友達に嫌われようと彼女に嫌われなければそれでいいから。
「晴菜ー、作るよー」
「あ、はいっ」
「頑張って」
「うんっ、行ってきますっ」
ただまあ頻度は考えないとなと色々と計算。
嫌われないためにしているのに嫌われてしまったら馬鹿らしいから、二時間に一度、ぐらいが最適だろうか?
放課後もこれまで通り毎日一緒に帰るわけではなく、二日に一度一緒に下校ぐらいでいいのかねえ。
ん? なんか入り口のところに長身男性がいると思ってよく見てみたら先生だった。
本当に寂しがり屋だなと笑いながら家庭科室から出てみると、
「ありがとう」
と、急にお礼を言われて少し困惑。
なんかしたか? と考えてみた結果、娘さんのことだとすぐに分かった。
こちらはまた同じように答えておく。
「遠慮しないで入ってくれば良かったのでは?」
「いや、用があるのは菊原にだけだったからな」
「律儀ですね、特になにもできていないですからいいですよ」
私がしたのは一番最悪なことだ。
本来であればどうしたいのかを聞いてこちらは少しだけ答えるという形が理想だった。
だというのに私はひとりでぺらぺらと話しすぎてしまったからだっ。
これも長期間ひとりでいたことによる弊害だと思う。
人と話せるようになったことが嬉しくてついつい話しすぎてしまうみたいな……感じ。
「菊原、手を出してくれ」
「はい――え? これは……」
「クオカードだ、自由に使ってくれればいい」
「え、貰えないですよ……」
「いいからいいからっ」
先生はこっちに無理やり押し付けてきた。
押し返すのも微妙だから「あ、ありがとうございます」と貰うことにする。
「いや、こっちこそありがとなっ」と先生はいい笑みを浮かべて戻って行ってしまったけど。
なんとなく家庭科室に戻ってからもそれを見つめていて。
「お、なにそれ?」
「クオカードだって、額は分からないけど」
で、中身を見て驚いた。
「ご、五千円!? 楠田先生も太っ腹だねっ」
「自分は細いのにね」
じゃなくて、おかしいでしょあの人の価値観。
私なんかそれまで散々迷惑をかけているんだから私から求めてもいいぐらいなのになにをやっているのか……。
「なんか申し訳ないから私と晴菜で半分ぐらいずつ使お」
「え、いや、私が申し訳ないよ、なにもしていないんだし」
「私もなにもできていないからっ、これを全部自分が使ったら罰が当たりそうだからっ」
あ、分かった、もしかしたら渡すのを間違えたのかも。
だから慌てて職員室にいた先生を呼び出したのだが、
「いや、それは菊原に礼をするために買ったものだぞ」
と、真顔で返されてしまいうぐっと詰まる。
別に責められたわけではないのにやばい、本当にやばい。
「なんでこんな高額……」
「それぐらいありがたかったということだっ、受け取ってくれ!」
よし、三千五百円分は晴菜に使ってもらおう。
大体、晴菜にはまだお礼もできていなかったからそれぐらいはしないとそれこそ罰が当たるというものだ。
「はい」
「え?」
「晴菜にメインで使ってもらうつもりだから晴菜が持ってて」
「で、できないよっ」
「お礼、先生だけじゃなくて晴菜のおかげでもあるんだから、もしそうじゃなかったらいま頃私はここにはいないよ」
もう終わるみたいだったから片付けを手伝う。
終わったら晴菜と一緒に外に出て、一緒に帰路に就き始めたんだけど。
「や、やっぱり舞優が持ってなよっ」
「いや、受け取れません」
「だ、だって、楠田先生は舞優にお礼がしたくてこれを準備したんだよ?」
「受け取れません、晴菜がいてくれて良かったと思っているから」
「そう言ってくれるのはありがたいけどさぁ……」
別に使わないとは言っていない。
私の分は翔太の文房具だったり迷惑をかけている母に対してデザートのひとつでも購入したりする際に使用すると決めているから安心してくれていい。
「人といることの楽しさに気づけたのは晴菜のおかげだよ、だから全部とはいかないけど使用してほしい」
それがなかったらいまもひとり寂しく帰って、ひとり先生に迷惑をかけ続けていただろうからねえ。
結果的に彼女は先生にとっていいことをしているんだ、受け取る権利は普通にある。
「私のおかげ」
「うん、晴菜は自分が考えている以上に私のためになっているんだよ」
「……クオカードよりこういうことがしたい」
「え、後で悔やむようなことにならないならいいよ、晴菜のこと好きだし」
まあ、他者からしたらこんなところでなにをやっているんだという話だけど、他者なんてどうでもいいからね。
彼女がしたいなら受け入れる、それがお礼に変わったというだけでしかない。
「ごめん、ずっと待っていたんだ、舞優から来てくれるのを」
「あー、ごめんよ、友達と楽しそうにしているから行くのやめてたんだよね」
「もうどんどん私から行くから」
「私も行くよ、晴菜といたいから」
とはいえ、ここでずっと抱き合っているわけにもいかないから歩き再開。
「いい?」
「うん」
彼女も翔太や知生くんと同じ、元気な子だ。
細かいことで一喜一憂してくれるから見ていて飽きない。
あと、私といるときに楽しそうにしてくれていたり嬉しそうにしていてくれるのは嬉しい。
「へへへ、このままお嬢さんをお持ち帰りしちゃおうかな~」
「それなら私がお持ち帰りするよ、翔太も会いたがっていたしね」
「あっ、じゃあ着替えを持ってくるねっ」
「うん、外で待ってる」
彼女が着替えを持って出てきたらコンビニに寄ってご飯を買う。
まあ家なら母作のご飯を食べてもらってもいいんだけど母の負担が増えるからこれでいい。
「カップ麺~」
「好きだねえ、それなら私もラーメンにしよ」
「違う味にして交換っこしようよ!」
「うん、分かった」
五月の夜は気温が曖昧なこともあってなんとも言えない気分にさせてくれる。
「知生くんはどう?」
「うーん、やっぱりまだショックみたい」
「そりゃあまあねえ、私ですら体験したことがないことを小学生で味わったわけだからね」
「私もないや、振られたことなんて」
家に着いたら湯を沸かしている間、少し休憩。
「舞優、ご飯はいいの?」
「うん、お母さんの負担が大きくなるから」
「別にいいのに、晴菜ちゃんは作ったら食べる?」
「えっ、いいんですかっ? 私、食べるの大好きなんですよね!」
「食べてくれると嬉しいわ、晴菜ちゃんは本当に美味しそうに食べてくれるから」
あー嫌だね、なんか私が真顔で食べてるみたいじゃん。
愛想のない夫みたいに食べられればなんでもいいとか言うわけじゃないぞ!
「晴菜さんといられてうれしいです!」
「嬉しいことを言ってくれるねえ、ね、あの子はなんなの?」
「私の弟でございます」
「よしっ、帰るときは連れて帰ろう」
「どうぞ」
お湯をプラ容器に入れて更に待機。
母作のご飯を食べるみたいなので交換っこの件は自然消滅した。
拗ねてても仕方がないからさっさと食べてお風呂に入ってしまうことに。
……地味に交換っこをしたかったのは内緒だ。
「ふぅ」
まあいい、後でゆっくり相手をしてもらおうと考えていた自分。
「あ、翔太くんのお部屋に行ってくるね」
「そ、そう」
なんなんだあもうっ。
晴菜っていつもそう、こっちがその気になると来なくなる。
「お母さん、相手をしてー」
「あなたらしくないわね」
「どうせ翔太にしか興味ないからさ」
「後で来てくれるわよ、洗い物をしたいからどいて」
ちぇ、可愛くない……。
まあいい、今日はもう寝てしまおう。
起きていたところで悲しくなるだけだからねと片付けた。
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