02話.[痛くないのか?]

「なんであんなことをしたんだ?」


 治療が終わった後、暗い校舎の中で先生がそう聞いてきた。


「死のうと思ったから」


 と、こういうときだけは大人しく吐くというこれまた馬鹿なところを晒しつつ。

 先生は間違いなく嫌そうな顔だったけど。


「でも、駄目だった、そんな勇気がなかったんだ」

「いらねえよそんな勇気」

「勘違いしないでほしいんだけど構ってほしくてしたわけじゃないよ、これから面倒くさいことしかないって考えたら生きている意味がないと思ってね。家族としてもこんなどうにもならない人間がいるよりかはいなくなった方が負担も少なくなるって――大丈夫だよ、どうせ死ねないんだから」


 どうせこれからも面倒くさいだなんだと言いながらも生きていくんだろう。

 なんにも、どうにもならない世界と向かいながら。

 この先何人も先生みたいな人が現れるだろうが、その度に呆れさせて、愛想を尽かされてどこかに行ってしまうんだろう。

 だから相手に無駄なことで時間を使わせないように動くのだ。


「……あんなことはやめろ、誰も得しないだろ」

「まあそうだね」


 でも、こういう人の場合はどうしたらいいんだろうか?

 無視をしても来る、答えれば当然また来る。

 教師だからというのもあるんだろうが、これはそれだけでは説明できないことのような気がしていた。


「痛くないのか?」

「うん、全く」


 痛覚がないということはない、翔太にぶつかられる度に色々とぶぇとか吐いているわけだし。

 だけど今回はなんにも感じなかった、自分すら片付けられないと情けなさは感じたけど。


「先生」

「なんだ?」

「本当に私は大丈夫だから」


 いまから読書~なんてできる感じではないから帰らせてもらうことにした。

 こういうときに限って雨が強く降っていてかなり気分が下がったけど、まあしょうがないと片付ける。


「楠田先生から連絡がきていたわよ、どういうことなの?」

「ごめん、今日はもう寝る」

「答えなさいっ」

「なんでもないよ、それじゃ」


 ああいういい人の時間を使わせるのもなあ。

 だからってやっぱり死のう、なんてできないのは分かったし。

 食べない、寝ないことでって可能……かねえ。


「よし、ほとんど教室にいなければ大丈夫でしょ」


 母も無駄なことで体力を使わなくて済む。

 私の計画は今度こそ完璧だった。




 何日も続けていたら慣れたのか全然元気だった。

 私のしていることは『構ってちゃん』で終わらせることができてしまうことだが、まあ終わってしまえば恥とかを感じなくて済むんだからいいよねと片付けている。


「うっ」


 頭が痛いのはどうにもならないようだった。

 これは物理的じゃないからなのかもしれない。

 それでも表には出さず、そして教室にはなるべくいないということで対策をしていた。

 放課後の活動もしっかりして、終わったら早々に帰宅――ではなくある程度の時間つぶしをしてからの帰宅。


「ごめん、今日も食べてきた」

「そうなのね」


 元々、物欲が全くなくてお金だけは余っていた。

 だから何度も何度もこうして買って食べていても(嘘だけど)母も疑ったりはしない。

 溜めてくれていたお風呂に入って部屋に引きこもる。

 流石に入浴しないのは他の人に迷惑をかけるからしない。


「明日になれば更新か」


 私は五日連続で徹夜をしたことがある。

 もちろんその後は爆睡したけどね。


「なにやっているんだろ」


 これなら誰かに迷惑をかけずにとか考えず一発で逝ってしまった方がいい気がする。

 いや、間違いなくその方がいいだろう。

 流石に屋内を汚すのは抵抗があるから外に出て。


「ごめんよ」


 生きる目的もないからしょうがないんだ。

 私は今度こそちゃんと。




 目が開いて視界に天井が入ってきたとき、あ、生きてた、となんか客観的にそう思った。

 家のではないからまあ病院だろうと片付けて二度寝を狙う。

 ずっと寝ていなかったからとにかく眠たいんだ、このまま~ってなってくれないのが現実だとはすぐに分かったけど。

 で、なんかあっさりと帰れることになったから、今度は自宅のベッドでゆっくり寝ることに。

 やっぱり駄目だったかーと考える自分と、これだけやって無理なんだからしょうがないと開き直る自分がいた。

 まあどうせちょーっと薄皮を切ったぐらいでそれっぽく倒れたんだろう、演技派だなって笑いたくなるぐらい。

 母も怒ってきたりはしなかった、ただ真顔で「起きたのね」と言ってきただけで。

 分かった、私はなにもしていなかったんだ、ああして実行したのは夢の中だったんだ。

 そうでもなければこの反応の薄さはおかしいだろう。

 構ってほしくてしたわけではないから別にいいけど。


「お姉ちゃんっ」

「おーよしよし、なんかこうして話すのは久しぶりな感じがするなー」

「ばかっ」


 私は涙を流せる翔太が心の底から羨ましく感じた。

 なにをどうしても、どうなっても楽しくも、悲しくも感じることができない欠陥脳だから余計にそうね。


「ほら、部屋に帰って寝な」

「やだ……」

「じゃあちゃんと布団に入って寝な、風邪引いちゃうからね」


 おっと、今度は豊満な胸を正面から味わおうという作戦か。

 いいか、好きにやらせてあげよう。


「おやすみ」

「うん……」


 やれやれ、喜んでくれることはなかったか。

 まあそりゃそうか、身内が面倒くさいのだとちょっとね。

 どうか構ってちゃんだったということで片付けてほしい。

 もうしないよ、本当に今度こそは二度としないから。

 で、朝までぐっすりと寝て、いつも通り適当なところで出てきた。

 今日は晴れていた、なんか私の心が反映されているみたい。

 学校敷地内に入ったら昇降口へ~と歩いていた自分。

 何故かその昇降口前で先生が立っていたのだ。


「おはよう」

「おはようございます」


 特にそれ以上は話しかけてこなかったからシューズに履き替えて教室へ。


「「あ」」


 こんなに早くから彼女は登校してきていたのか。

 私に話しかけてきたことといい、物好きなのは確かだった。


「あ、あの」

「ねえ」


 喋るタイミングが被るというまたなんともベタなそれを展開。


「あっ、ど、どうぞっ」

「こんなに早くから来てなにしているの?」

「この静かな感じが好きなんです、菊原さんも賑やかなところは苦手ですよね?」


 おっと、意外と見ているというか強気というか。

 断言してしまうとは面白い、事実その通りだからね。


「私は菊原舞優」

「え、あ、田所晴菜はるなです」


 紙に名字と名前を書いてくれたから何回か口にして覚える。


「分かった、よろしく」

「え」

「昨日までの私は昨日で死んだんだよ」


 どうせ拒んでも来るから……というのは自惚れだろうか?

 先生もそうだ、何度も仲良くしてみろと言われるぐらいなら言われない程度には一緒にいようとするさ。

 馴れ合いがしたいわけではないが、まあ……完全に無駄だなんてこともないとは思うから。


「偉いっ」

「「え?」」

「偉いぞ菊原っ」


 ああ、これは絶対に廊下で聞いていたなって嫌な気分に。


「大人が盗み聞きとか良くないと思います」

「そう言ってくれるなっ、あの菊原が自分から話しかけたんだぞ!?」

「係の仕事などで話しかけたことなんて複数回ありますけどね」

「でも他人よりは少ないだろ、それにそれは係としてだしな」


 先生は結構大きな手でこちらの頭を撫でて物凄く優しい笑みを浮かべていた。

 こんな小さなことで大げさなとは思いつつも拒むことはせず。


「それよりも、だ、詳しく聞かせてもらおうか」

「あ、へーい、やっぱりそのためにだったんだね」

「当たり前だ、ちょっと来いっ」


 教室を出る前に田所に話しかける。


「あんまり先生のこと信用しない方がいいよ、先生は女の子の相手ばかりしかしないからね」


 と、残して廊下に出たらこめかみをぐりぐりされて痛かった。


「なんでだ、大丈夫じゃなかったのか?」

「五日連続の徹夜と五日連続の断食をしていたんだけどさ、なにをやっているんだろって我に返っちゃって死のうってなってね」


 でも、結局夢オチだったと吐いたらいきなり首ら辺に触れられて先生もついに血迷ったかと思っていたのだが、


「夢オチじゃねえよ」


 心配そうな顔なんてこれまで何度も見てきているのになんか冗談を言える雰囲気じゃなくなってしまった。

 だからかわりにそうなんだとこれまた客観的に答えておく。


「まあ聞いていただろうけど昨日までの私はそれで死んだんだよ、だから田所に話しかけたという感じになるかな」

「なるほどな。まあ……それ以外はいいことだ、田所とだけでもいいから仲良くしてほしい」

「なんかごめんね、結局構ってちゃんみたいだったよね、一発で逝ければ良かったんだけどやっぱり勇気がなくてさー」


 これじゃあメンヘラとかと変わらない。

 死ぬ死ぬ詐欺だ、本当に質が悪い存在だ。

 流石にこれ以上、恥の上塗りはできないから大人しくする。

 ……翔太を悲しませたくないしね。


「そんな勇気いらねえよ、もう戻っていいぞ」

「うん、心配してくれてありがと」

「俺は担任だからな」


 だけど私はいま、物凄く後悔していた。

 自分からよろしく、なんて言ってしまったことを。

 あくまで向こうが何度も来るから仕方がなく、というスタンスで良かったというのに私ときたら本当に馬鹿だ……。


「まーいいか」


 無害そうだし、面倒くさいことになることはあってもそれ以上のことにはならないだろうと決めつけて片付けた。

 それなのに……嫌な予感ばかりがするのはなんでだろうね?




「よし、片付けしゅーりょー」


 終わったとなればベッドに寝転んで休憩。

 今日は翔太も両親もいないからひとりゆっくりと過ごせる。

 そんなときに掃除して偉くね? なんて自分を褒めていたらインターホンが鳴ってしまい。


「無視無視、どうせすぐに帰るでしょ」


 でも、そこから約一分の間止まらなかった。

 流石の私も出るのが怖くなって窓から下を見てみると、


「翔太……じゃないな、翔太の友達か」


 なんか少年がいたので出てやることに。


「翔太はっ!?」

「遊びに行ってるよー」

「くそっ、約束していたのにあいつっ」


 まあ「そうなんですかっ」とはならないよなあと。


「まあまあ落ち着きなさい、翔太はどこで遊んでいるの?」

「知らねえよ……」


 え、知らないのかいっ。

 普通約束をしていたのなら大まかな場所ぐらい知っているでしょうよ……。


「仕方ないなー、一緒に探そうか」

「え、いいのっ?」

「ほんとに約束をしてたんだよね?」

「し、してたっ」

「分かった、ちょっと待ってて」


 どうせ暇人なことには変わらないから小銭を持って家を出る。


「おいおい、私の手なんか握ってどうしたー?」

「あっ、姉ちゃんとするからくせで……」

「まあいいよ」


 私は年下キラーなのかもしれない。

 こうして一緒にいる間にもこの豊満な胸に顔を埋めたくて仕方がな、


「……おれも遊びたい」


 ……まあそのことは置いておくとして、しっかり探さないとなとちょっとお姉さん感を出しておく。

 でも、本当に簡単なところで翔太を含む少年集団を見つけた、公園でボール遊びをしていたみたいだ。

 ふっ、いつまでも子どもみたいぜ可愛いぜ。

 

「ほら、行ってきな」

「お姉ちゃんも――」

「あれ、知生ともき?」

「あ、姉ちゃんっ」


 さて、少年の姉は……と見て後悔した。


「あ、き、菊原さんっ!?」

「うん、菊原だよ」


 なるほど、この驚き方は弟を取られたように見えるからか。

 手を離して……と思ったけどできなかった、何故かまだぎゅっと少年が握ってきているままだからだ。


「なんで知生と……」

「私の弟と遊びたかったんだってさ、ほら、あそこにいる少年」


 いつまでも少年をここにいさせても仕方がないから翔太のところに連れて行く。


「あ、知生くんっ」

「よ、よー」

「あれ、なんでお姉ちゃんといるの?」

「いや、たまたま、かなあ」


 あ、これ絶対に約束をしていなかったやつ。

 まあいいか、任せてここから去ろう。


「あ、あのっ」

「うん?」


 私相手にはどうしても敬語になるな。

 まあ弟相手にも敬語を使っていないようで安心したけど。


「これからお時間ってありますか? あるなら……その、一緒にお茶でも……」

「ありゃ、なんかナンパされちった」

「そ、そういうのではなくて……」

「いーよ、行こ」

「は、はいっ」


 たまにはお金を贅沢に使わないとなあ。

 お金は使うためにあるんだ、貯めに貯めても意味がない。


「あ、知生がすみません」

「いいよ、小学生なら外で遊ばなきゃね」

「私、翔太くんと何度か話したことがあります、元気でいい子ですよね」

「うん、そーだね、若いって素晴らしいよ」


 適当に注文を済ませて適当に休憩。

 対面に座る彼女は長い髪をいじいじと弄りながら落ち着きなさそうだ。

 彼女には弟くんぐらいの積極さがあった方がいいかもね。


「あ、いや、あるか」

「えっ?」

「なんでもない」


 あれだけ拒絶オーラを出しても話しかけてきた彼女だし。

 一回目だけなら他の人間と変わらなかった、でも、彼女は二回目も先生を使ってだけど話しかけてきたんだから。


「あ、き、きましたね」

「うん、どうもー」


 うん、美味しい。

 お金を払うだけの価値はある気がした。

 お金を払えばすぐに持ってきてくれるって楽でいいね。


「あ、あのっ」

「敬語はやめな」

「あ、うん……、えっと、楠田先生から聞いたんだけどさ」


 あれ、そういうことを話したりとかしなさそうだけど。

 まあ不都合はないからいいか、どうでもいいな。


「だ、大学に行くって本当?」

「あ、そっちか、うん、親がうるさくてさ」

「そうなんだっ」


 こっちは不合格になってもいいと考えている。

 でも、やっぱりやるからにはまあどうせ真面目にやるだろうなあと。

 自分のことは自分が一番分かっているしね。


「私も大学に行くつもりなんだっ、一緒に頑張ろうねっ」

「おー」


 一緒に頑張るってどうやるんだろ。

 誰かと一緒にいるということを全くしてこなかったからどういう風に存在していればいいのかも分からないし。


「あのときは無視して悪かったねー」

「いやいやっ、急すぎたからね……」

「で、友達になるにはどうやればいいの?」

「え」


 仮に友達になった後も問題がある。

 遊びに誘ったりするのが普通なのだろうか?


「私、家族以外の人間と一緒にいるのは嫌だったんだよ。だから昔からずっと他者を遠ざけてきたわけだけど、そうなるとみんな言うことが同じになるんだよね、仲良くしてみないか? ってさ。でも、そういうことを言われる度に余計に嫌になって遠ざけて遠ざけて遠ざけて。だけどさ、たまに楠田先生や田所みたいな人が現れるんだよ」


 なんでかは分からないけどそういう人が必ず現れるんだ。

 そこに家族も加わって、だからこそ死ねなかった……のかも。

 それでも大抵は愛想を尽かして離れていく。

 彼女に対しても更に無視を続けていれば間違いなく離れていたことだろうけど。


「正直、その度に面倒くさいと思ってた、無駄なことで時間を使わないで自分が本当にしたいことをしてほしいと考えた」

「あ、それは分かるかも、自分のことで時間を使ってほしくないって思うから」

「うん、程度の差はあるだろうけどね」

「あっ、い、一緒だなんて思っているわけじゃないからっ」


 別にそれぐらいで怒ったりはしない。

 過度に干渉してこなければそれでいい。

 って、同じままじゃあの日死んだ意味がないな。


「晴菜って呼んでもいい?」

「ど、どうぞっ」

「晴菜、よろしくね」

「うんっ、よろしくっ」


 よし、じゃあ知ろうと努力をしてみよう。

 一応、勉強ぐらいしかやることがなかったからやーばい点数とか取ったことがなかったしね、まだまだ焦る必要はない。

 とりあえずいまは晴菜とだけでも仲良くすることだ。

 翔太が自慢のお姉ちゃんだと言ってくれるような感じがいい。


「よし、元ソシャゲ専用スマホだったこいつに晴菜の連絡先を登録しよう」

「ふぅ、そうだね、交換しよう」


 おお、なんかちょっと嬉しいかもしれない。

 別に輪に加われないからひとりで強がっていたわけじゃない。

 本当に自分からいたくないと拒絶していただけだけど、まさか自分がこんな小さなことで嬉しいと感じるなんて思わなかった。

 楽しいや嬉しい、最近は全くそんなことを感じられていなかったから余計にそう感じて。


「ふぅ、そろそろ出ようか」

「そうだね、これ一杯で長居するのは迷惑だし」


 なんだろう、この落ち着かない感じ。

 もしかしてワクワクしているのだろうか? 

 情けないね、あっという間に意見を変えてこれなんて。

 分かった、こうして他者によって自分が変えられてしまうのが嫌だったのかもしれない。


「嫌いから普通になれるように頑張るよ」

「えぇ……」


 とりあえず今日はここでお終いだ。

 一応お礼を言って別れる。

 これは弟くんに対してでもあった、翔太がお世話になっているからね。


「お姉ちゃんっ」

「ぶごぉ!?」


 な、なんか段々と強くなってない……か?

 もう六年生だからね、私がだらだらと生きている間に翔太もどんどんと前に進んでいるんだなって。


「なんで知生くんといたの?」

「家に来たんだよ、翔太と約束をしているって言うから探すために一緒に出てきたんだ」


 暇をつぶしたかったというのもある。

 そのために利用させてもらったのだ、なーに、損はさせてない。


「……なんかいやだな、お姉ちゃんが取られたみたいで」

「おーよしよし、大丈夫、私は近くにいるよ」

「うん……」


 可愛いやつめ。

 いつまでこんな感じでいてくれるのかなあ。

 私がそこそこ素晴らしい人間でいればいつまでもこんな可愛げのある感じでいてくれるかな?


「お姉ちゃん、宿題を教えてほしいんだけど」

「おーよしよし、この優秀な私が教えてあげよー」


 流石に小学生の問題で躓くようなことはない。

 だから格好良く効率良く教えてあげた。

 それはもうきらきらとした目でこちらを見ていたね。

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