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 彼に契機が訪れたのは約四か月前。三月の中旬のことだった。


 その年の三月、名うての中堅冒険家サム・モーティマー氏は、南米大陸北部のアマゾン熱帯雨林を訪れていた。かねてより聞き及んでいたとある噂について、その真偽のほどを確かめんとしていたのだ。


 その噂の内容というのは、「この広大なアマゾン熱帯雨林のどこかに〈望みの間〉なる忘れられた宝物庫がある」というものであった。


 加えて言うなら、その〈望みの間〉なる場所というのは、「そこに足を踏み入れた者が心から欲する品を差し出す」特別な空間なのだという話である。


 いかにも荒唐無稽で眉唾な話だが、サム〝ザ・ビッグノーズ〟モーティマーが気に入ったのはまさにその点だった。誰もが信じないような言い伝えの真相を、文字どおり命を賭して探求するからこそ冒険家は偉大であるのだ。


 ゆえにサムは、これまで長くこの噂を追い続けていた。期間で言えば数年間に渡る一大プロジェクトだ。


 当然ながらその期間中にもいくつかの冒険に取り組んではいたのであるが、そうした取り組みの最中にも彼は、暇を見つけては〈望みの間〉に関する情報を求めありとあらゆる文献や口伝をあたっていた。つまり、それほど強く惹かれていたのだ。


 そうして足掛け四年にも及ぶ調査のすえ、某部族の祈祷師が有力な情報を握っているらしいことを突き止めたサムは、その祈祷師と直接に会って話をすべく広大なアマゾン熱帯雨林に足を踏み入れた。これが、この年の三月のことである。


 その後、彼は無事、目的の祈祷師がいる集落へと到着した。どちらかといえば原始的な集まりだ。簡素な木製の建築物。狩りや漁、および農耕を中心にした食料調達。日常的に用いられる独特な言語。


 サムと集落の者たちは互いに、片言のスペイン語でやり取りをした。サムはこの集落で用いられる言語をまったく知らなかったし、反対に集落の者たちは、サムの第一言語たる英語というものを、コミュニケーションが取れるほどには理解していなかったからだ。


 サムにしてみれば、高度文明から離れた生活は不便も多かった。現代的な通信設備がないというだけならまだしも、そもそもからして電線さえ通っていないのである。発電機すらない。


 要するにここには電気がないのだ。となれば明かり一つとってみても、日が暮れて以降に頼りになるのは炎のもたらすそれか、あとは満天の星と月明かりのみである。


(まるで文明崩壊後の世界だな)


 とサムは思った。それまで種々の冒険をするにあたって、こうした生活様式の中に身を置くたびに彼はそう考えた。多くを持たず、多くを知らぬ暮らしだと。


 しかし他方では、純粋に一種の生き物として生きること、また「今この時をたしかに生きている」という充足感の面においては、ほとんど不足を感じることはなかった。必要なもののすべてを持ち、極めて実用的な知識に溢れた暮らしぶりだと、彼は考えていたのだ。


 それに、そうやって大自然の中に生きる者たちの一部が、いかにも現代風なTシャツにジーンズ姿という出で立ちで日々を過ごしているという構図には、独特の味わいというものを覚えさせられずにはいられなかった。


 結局のところ、もしもなんらかの天変地異で文明が崩壊するようなことがあった場合には、真っ先に日常を取り戻すのは彼らなのかもしれない。変化と対峙し、順応し、かつ自分たちの生き方も尊重する。彼らは非常に聡明で、逞しい。


 ともあれそんな彼らと言葉を交わし、親交を深めていくうちに、サムはようやく求める情報を手にすることができた。〈望みの間〉が存在するとされるその場所の、あるていど具体的な情報をだ。


 たった半月あまり交流を重ねたただけで、よそ者たるサムに重大な秘密であろう事柄をあっさり明かしたという点は気にかかるが、とはいえそればかりに気を取られてもいられない。サムは「自分の熱心さが、祈祷師らの警戒心に勝ったのだろう」と、出来事を好意的に受け取ることにした。




 あるいは、この部族の者たちにとってはことさらに隠し立てをするような内容ではなかったのではなかろうか――。


「そんな都合のいい宝なんて実在しないよ」と面と向かって断言されることこそなかったが、もしかすると土地の人間たちは皆、そんなふうに考えているのではないだろうか。


 アメリカはワイオミング州、ロックスプリングスに向かう家路のさなか、サムはたびたびに沸き起こるこうした不安感と、幾度となく剣を交え続けた。

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