第9話 黒のチョコレート
そこから四回、両者共に普通のチョコレートを食べ続けた。
甘い物に対する満足度が十分高まり、もう暫くは食べたくないと思い始めた頃、蝶華は頃合いかと目星を付けていた『異物』を指さした。
「そちらの黒い箱を縄で縛ってある物と白地に赤い水玉模様の箱をお願いします」
黒い箱を縄で縛ったチョコレートなど、普通なら贈り物として成立しないだろう。呪物として贈りましたと言った方がよっぽどしっくりくる。これがもし手作りではなく店で売っている物だとしたら、よほど鋭い感性を持ったパティシエに違いない。
「ま、そう来るよね」
躊躇いなく縄を解いていく穂高の姿に、蝶華はある意味で関心した。普通の神経を持ち合わせていれば、見るからに悪意のある箱を意気揚々と開ける人間などいないからだ。
箱の中身を見た穂高の反応は、子供の様に無邪気なものだった。光を宿した眼差しに疑問を抱き、蝶華は上体を逸らすように中身を覗き見る。
(これに喜びを感じる神経ってなに)
中に入っていたのはスティック状のチョコレート一本。正しくは、上部は円状のチョコが貼り付いており、下部は鋭く鋭利になっている事から、『釘』を模していると言うべきだろう。追加情報としてその周囲には小さな釘が無数と、五寸釘であろう長さのものが一本、添えるように中に入っている。
「これ、毎年贈られてくるんだよね、昔付き合っていた彼女と別れて以来ずっと。いまだに送られてくる辺り、恨み辛みは色褪せていないんだろうねえ」
「どんな酷い振り方をされたんですか」
「僕をどんな人間だと思ってるの。彼女が他の男とも付き合っていたから『僕との交際は白紙に戻そうか。理由は解るよね』って言っただけなんだけど」
「ご愁傷様、と一応言っておきます」
この男のことである。きっと満面の笑みで別れを告げたのだろう。それこそ、何一つ名残惜しさも悲しみも感じさせず、清々しい別れを告げたに違いない。女側に問題があるのは当然だが、この男の対応が尾を引かせた可能性は十分有る。
哀れみを含んだ目で見つめていると、穂高は躊躇いなくその食すには不適切であろう形状のチョコレートを呑み込んだ。
「よく食べられますね」
「食べられるでしょ、食べ物だもの」
「箱の中の五寸釘、それって実際に使われたものじゃないんですか。頭部、錆が付いていますよ」
「あー、衛生的に宜しく無かったかな」
「宜しく無い所か致命的じゃないですか。それと、五寸釘の使用用途についてもしっかり考えた方が良いかと」
「ああ、藁人形? 今時そんなことする人間いないでしょ!」
笑いながら穂高は水玉模様の箱を開けだす。一方で蝶香は、微かに見えた藁の破片からそっと目を逸らした。
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