第4話 出逢い

「では、始めようか」


 リビング・ダイニングへと足を踏み入れた蝶華は、表情こそ変わらなかったが内心で小さく安堵した。リビングテーブルの上に置かれた紙袋は、彼女が両の手に持つ量と然程変わり無いように見受けられたからだ。


(今年こそ、勝たなければ。この因果を断ち切る為にも)


 足を組み、悠々自適な様子で此方を眺め見る穂高が在りし日の記憶と重なる。


『父さんの会社はもう駄目だ』

『どうして?』

『彼が亡くなって私の会社は取引先から外されてしまったんだよ』

『倒産するしか手立てはないの?』

『——一つだけ、今舞い込んできた話があるんだ。だが、蝶華が納得出来ないなら断ろうと思うから、正直な返事をおくれ』


 痩せ細った父は『千神商事の千神穂高さんから縁談が持ち込まれたんだ。婚姻が成立した暁には父さんの会社を好待遇で買収してくれるらしい。少なくとも社員は救われるだろう。父さんはまあ、少し早い老後だと思うことにするよ。どうか、見合いだけでも出てみてくれないか』そう言って、申し訳なさそうに頭を垂れる父を無下にする程、蝶華は無慈悲ではなかった。


『改めまして千神穂高と申します』

『結城蝶華です』

『積もる話など僕たちの間にはないでしょうから、さっそくビジネスの話をさせて頂いても?』

『どうぞ』

『お父上から伺っていらっしゃると思いますが、この婚姻はビジネス。当社は新規事業拡大の足掛けとして御社を買収したいと考え、御社は立ち行かなくなった経営を立て直したいという利害関係にあります』

『はい、伺っています』

『話に聞いた聡い貴方はこうお考えではないでしょうか『では婚姻無しに買収しては貰えないだろうか』と。ですから先にお答え致しましょう、答えはノーです。理由はとても簡単です、新規事業拡大に伴う買収の当ては御社以外にも存在するからです』

『——私と婚姻を結ぶメリット別にある、ということでしょうか』

『話が早くて助かります。でも、貴方は私と婚姻関係を結びたくないように見受けられますね』

『この話は無かったことにする、と?』


 話を急ぐ蝶華に、穂高は面白そうに言葉を紡いだ。


『いいえ。それではあまりに勿体ないので、取引を行いましょう。毎年決められた日にゲームをするのです。ゲームに勝てばその時点で婚姻関係は終了、貴方は晴れて自由の身となりますし、婚姻関係は成立したのですから、お父上の会社の待遇も維持するよう保証致します』


 その場で蝶華が答えを出すことは無かった。けれど結局、翌日には取引に応じる形となった。

 この男が直接関わっていたかは知る所にないが、もしかしたら婚約者の仇を討てるかもしれない、腹いせくらいは出来るかもしれない、そんな淡い期待を抱いたのも応じた経緯の一つに有った。

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