カゴメカゴメ

tolico

ホラーもしくはミステリーのような


「ねぇねぇ、おじさん。かごめかごめって知ってる?」


 無数の小さな六角窓から、こちらを覗く少女が私に、そんな言葉をかけてきた。


 勿論、知っている。小さな子供がオニを囲って、歌いながら遊ぶものだ。私も小さな頃よく友達と遊んだ。

 オニは目隠しして中央に座り、その周りを他の子供たちが歌いながら輪になって回る。歌い終わった時に、オニが自分の真後ろ(つまり後ろの正面だ)にいるのが誰かを当てるというゲームだ。


 なかなかに、怖い噂が囁かれる鬼遊び歌。


 少女はニコニコと私の顔を見つめる。私は金網越しに、何とも言えない表情で彼女を眺めた。



『かごめかごめ』とは、囲め囲めと囃し立てる言葉とされたり、『かごめ』即ち籠目。編まれた籠の目で、『かごのなかのとり』とはその籠に囚われた何かを指しているという。それが子供であるか怪物であるかなど諸説ある。


 また、『かごのなかのとり』は籠の中の鳥だったり加護の中の鳥居だったりもするようだ。廃墟であるこの工場の片隅に、朱い小さな鳥居を見かけたことを思い出す。神など居ないというのに。


『いついつでやる』はいつ出られるのか? だったり、いつ出てくるのか。もしくは出て行くのか? だったり色々だ。


 私の記憶だと『出逢う』だったように思う。




 そう、私は出逢ってしまったのだ。彼女に。




「お腹空いたな」


 少女がつぶやく。小柄な少女だ。名前は知らない。



『よあけのばんに』は夜明けの晩で夜が明ける終わり。明け方だとしたり、夜明けから晩まで一日中という解釈。

 明け方と夜のことで、夜明けの晩とは存在しない時間であるとも言われる。夜明けの番人と言えば鶏だ。


 そう言えばそろそろ鶏が鳴くかもしれない。辺りは暗い。廃墟に吊るされた裸電球のオレンジ色の灯りが、ゆらゆらと照らし、遠くは輪郭のみを浮かばせる。

 時間の流れがよく分からない。もう何時間もこうして少女を眺めている気もする。




「おじさんはツルとカメってなんのことだと思う?」


 目尻にすいと、切れ長の紅をさした少女は言葉を続ける。私はその少女を恍惚と見ていた。


 長く沈黙していたようにも思う。




 この子と出会ったのは、1週間ほど前だ。


 私は元来、完璧な男である。真面目で平凡を装い、仕事はそつなくこなし、決して目立ち過ぎることを望まない。そんな男だった。

 衝動に任せて、大それたことをするような人間ではなかった。


 だけど、どうしようもなかった。ひと目見た瞬間に手に入れたいという欲望に駆られたのだから。この廃墟まで、どうやって連れてきたのかは覚えていない。

 夕暮れの公園に独りでいる所に近付いて、声をかけた。簡単だったように思う。



「すべったって、氷でもあったのかなぁ。ねぇ、おじさんはどう思う?」


 ずいぶんと落ち着いた子だ。



「うしろのしょうめんって変な言葉だよね」


『後ろの正面』とはオニの真後ろの正面。否、切り落とされた首が正面を向いて自分の背を見て誰かと尋ねている様子だという。もしくは捻じられた首が後ろを向いて正面が後ろになるだとか。


 捕まれば絞首刑もあるだろうか。


 ふふ。それはあり得ないな。私がそんな惨めな結果に終わるはずが無い。そうだ。彼女が首を吊る様は美しいかも知れない。


 廃墟を何気なく眺める。私と少女の影が延びていた。揺れる灯に照らされた影は、首が捻れているように見えて、ついと少女に振り返る。


 私の妄想がそう見せたのだろう。

 彼女の顔を見ると、何故か笑っていた。口元だけ吊り上がり、冷めた眼で私を見つめる。


 そういえば1週間も経つというのに、行方不明や誘拐の目撃といったニュースを見聞きした覚えが無い。




 夜の終わり。明ける空が。


 白む辺りに見上げると、ドーム状の屋根の鉄骨が、まるで籠の目のように頭上を覆っていた。



 囚われたのはどちらだったか。


 捕えたのは何だったのか。





 私たちは籠の中に囚われ続ける。


「うしろのしょうめんだぁれだ」

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