君と私、恋は草食。

詩月 羽夢☆

第1話 『プロローグ』 私のヒーロー。

7/18 (土) "ウサギ小屋のきろく"


ハズキくんは今日も相変わらずよく食べてて、ユズキちゃんはいつもの2倍くらい元気で安心です!


水森くん、明日よろしくね。ハズキくんは最近食べ過ぎで太ってきてるから、エサ、あげすぎちゃダメだよ!


今日の担当・乃羽





ふう。今日はこれでおしまい。

私は分厚い記録ノートをパタンと閉じて、腕を伸ばして、のびをする。



静まり返った誰もいない教室で一人、私は生き物係としてウサギ達の記録をつけていた。



『生き物係』の制度が始まったのは丁度今年の6月からだった。きっかけは、私が今お世話しているウサギ達、ユズキちゃん、ハズキくんがこの学校にやって来たこと。


名付け親は私、とそしてもう一人、今日は来ていない水森君だ。



私達2人で名前を考えるとき、私は始めに真っ白な毛のこを「ユキちゃんにしたら?」と言った。そしたら、水森くんは、「もう一匹の茶色いのともお揃いにしてみたらいいんじゃない?」って提案してくれる。



そして、色々話し合っているうちに、"ズキ"をお揃いにして、ハズキくんは葉っぱをよく食べるから『ハズキ』、ユズキちゃんは、さっき私が提案した"ユキ"をとって『ユズキ』に決まった。



生き物係の主な仕事はウサギのユズキちゃん、ハズキくんのお世話とウサギ小屋のそうじを、平日は二人でやっていて、土日は交互に分担して務めている。



でも、全然苦にならないし、むしろやりがいもあって楽しい。



それは、


大好きなウサギとふれあえるからなのか、




水森くんと過ごす時間だからなのか。




きっと、どっちも…だから。






そう、好きなんだ、私は…彼のことを。




でも、この想いは、今伝えようとも、今後伝える気もなかった。



だって、好きだから。

どうしようもなく大好きだからこそ、失恋してしまうのが怖くて、今の関係を維持する事だけを考えてる。



何も変わらない、しない、現状維持。



これが多分私の恋のスタンスなんだ。




そう言っても本当は私はまだまだ恋愛経験もないし、これが初恋なんだけれど。




私は席をたち、椅子を机のしたにしまってから、記録ノートを手に取る。記録ノートは明日当番で来るであろう水森君の机の中にいれておく。


電気を消して、私は何か忘れていることがないかと、教室を一回見回してから、そっと教室を出る。



私は玄関口まで、一人で歩いていく。

体育館からの賑やかな声が渡り廊下に響き、一人の静けさがより際立つ。



そっか、今日はバスケ部の練習があったんだ。

うちのバスケ部は全国大会の出場経験もあって、去年なんかは準優勝まで上り詰めた。


さらに今年の優勝候補としても期待されていて、今年は応援にいってみたいな、と思う。



でも本当に一番行ってみたいのはテニス部の応援なんだけどね。


理由はやっぱり、水森君がいるからだけど、見に行く勇気は、残念ながら私にはない。



上靴を片方ずつ脱ぎ、下駄箱にしまってから外靴を取り出す。そして、履こうと、そう思った次の瞬間誰かに呼び止められる。




「の~わさん、今日もおつかれっ」



そんな、生徒にも負けない元気な挨拶が聞こえ、ふりむくとそこには、横に一つ結びをした、30代前半位の女性が立っていた。



「あ、沢村先生。」


私は会えたのが嬉しくて、自然にぱっと顔が明るくなる。



沢村先生は私のクラスの担任の先生で、いつも優しく、私達1年F組のクラスのみんなからも好かれている。



誰にたいしても対等に接してくれるし、親しみやすいので、気軽に相談とかもできたりする。



「最近、調子はどう?」



さりげなく、沢村先生はそんな質問を投げ掛ける。


…やっぱり、心配かけちゃってる。



「元気ですよ、先生のおかげで!」


私は先生に心配をかけまいとニコッと笑顔こたえる。もちろん、これは本当だから。



私は、色々と事情を抱えていて、一言にいうと、ずっと不登校だった。

でも、やっと最近学校にも復帰できて、それを自分でも嬉しく思っている。だから私は、先生にその事で色々とお世話になっていたんだ。




「う~ん、それはどうかな?」


そう言って、先生はちょっと笑う。


「え?」


私は首をかしげる。


沢村先生は、そういう風に謙遜するようなキャラではないし、というか謙遜するようなところでもノリで肯定することだってあるのに。



何か視線を感じ、横をみる。



すると、沢村先生が私を見つめてニヤニヤしていることにようやく気づく。



。あー、おんなじ係にして正解だったなぁ~…って、そっか!あるイミ係決めた私のおかげか!」



「もう、先生…!」





そうやっていつも沢村先生は私を全力でいじってくる。今日も絶対にいじってくるとは思ってたけど、いざ、いじられると、恥ずかしさで顔が熱くなる。



でもやっぱり、結局はいつものノリで自分を肯定した先生をみてちょっぴり安心したりもした。



すると、また沢村先生は何かを思い付いたような顔をする。



「あ、でも始まりは違うんだった。そう、確か私が休んだときに水森くんが乃羽のうちに…」



「ちょっ、もう先生やめてくださいよ~。」





なんだかロマンチックそうに語り始められて、語りきらせてはならないと私はすぐに止めた。



「えーこれからがいいとこなのになぁ」といいながら、あたふたする私をみてまたニヤニヤしてる。

…もう、先生のいじわる~。



沢村先生は私が水森くんに想いを寄せていることを、誰にも言ってないのに、なんとなく前から察していたらしい。

沢村先生のそんな勘の良さ、鋭さには、いつもなにかと感心してしまう。




沢村先生は笑いながらも「ごめんごめん。」と謝ってくれてから、「だってさ…」と、ちょっとだけ真面目な声色になって、真っ直ぐな視線を私にむける。




「こーんなに乃羽が元気になったのは、まぎれもない、水森くんのおかげでしょ?」



図星だ…



そう、その通りだよ、先生。本当に鋭すぎるよ。




「あれ、なんかごめん、言っちゃいけなかった?」




そう先生に言われて私は我に返ってから、私は軽く2~3秒くらい停止していたことに気づき、

「全然大丈夫ですよ、いつもの事なので!」

なんてさりげなくも先生をいじってみると、「なんか地味に傷つくなー」と、予想通りの反応をみせる。




一応、先生も本気ではないと思うけど、


「冗談ですよ、先生とのこういう会話、恥ずかしいけど…楽しいですから。」


とフォローをいれておく。



「そ、うれしーな。」



ちょっと調子に乗った先生と、なんか恥ずかしいことを言ってしまった気がしてちょっと照れた私はお互いに笑いあう。




「それに…その通りですから。」


「うん?」



私の言葉の続きを聞きたそうな先生だったけど、その先の言葉を、私は呑み込んだ。




だってもし言ったらもっと先生にからかわれちゃいそうだもん。



そして私はこれ以上一緒にいたら無理やりにでも言わされちゃいそうなので、「じゃあ先生さよなら。」と言って帰ろうとすると先生は「もー、逃げるなー。」と言いながらも、気をつけて帰ってね、と私を見送ってくれる。




私は歩いて校門を出てから、誰もいないことを確認してから一度立ち止まる。







「水森くんが、私を救ってくれたこと。」



私は少し頬を赤らめながら、そう呟やく。







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君と私、恋は草食。 詩月 羽夢☆ @mikiyuine

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