第27話 魔王の暴走

一瞬にして阿鼻叫喚になった。


「魔王が復活したぞおーー!!」


ジクフリード軍の騎士は次々と茂みの方へと逃げていく。国王軍は何とかその場で剣を構えているが、みんなに焦りの色が見える。隠れていた領民達も姿を現し、攻撃の体制をとっている。


「狼狽えるな!」


国王の一言で、ジクフリード軍の騎士達も何人かその場に留まり、恐る恐る剣を構え始めた。

国王軍が連携を取ってモコに向かって攻撃を始めようとした時。


「アオーーーン」


モコの叫び声は空気を揺らし、その風圧で騎士達を吹き飛ばした。勢いよく飛ばされた騎士の数人は木に打ち付けられ、気を失っていく。

何とか持ち堪えた騎士達も、どうやって近付こうかとモコの様子を伺うことしかできなかった。


「私が相手になろう。」


そう言って草陰から出てきたのは、ジクフリードだった。勇気を振り絞って姿を現したのであろうジクフリードは、剣を持つ手はガタガタと震え、汗をびっしょりとかいて蒼白の表情をしている。


「ジクフリード……。」


何とも頼りない息子の姿を国王はただ見守った。


「私は勇者の末裔。私にだって……私にだって!」


そう言って剣を大きく振りかざし、モコに切り掛かっていく。

しかし、誰もが予想できたようにジクフリードは軽く吹き飛ばされてしまい、近付くことさえ敵わなかった。

そんな哀れなジクフリードの姿を見たイムレとタロウは、冷たい視線を送った。


「無理に決まってるだろ。」

「最後まで哀れな王子ですね。」


二人とも辛辣に正直な感想を述べた。


「イムレ様、私が抑えますから今のうちに避難を」

「分かった」


タロウの提案にイムレは頷いた。

おそらく、この場でタロウを抑えられるのはタロウしかいない。イムレも今の暴走したモコを抑えられる自信はなかった。

イムレは素早く領民達のもとへと駆け出した。


「みんな、とにかく離れろ!」

「しかし……」

「大丈夫。タロウ殿が食い止める。誰か傷付いたらハンナ様が悲しむ。急いでこの場を離れるんだ。」


領民達は悔しそうに顔を歪めながらも、イムレの言う通り、この場から避難を始めた。そして、腰が抜けていたり立ちすくんでいる騎士達に声を掛けて、避難誘導も行っていく。その先頭にはセバスチャンがおり、声をかけている。

避難を始めた周囲の様子を見て、タロウはモコと向き合った。

自我を失い見境なく威嚇するモコは、タロウに向かって叫んだ。しかし、タロウはびくともしなかった。ほんの少し、タロウの毛並みがふわふわと動くだけだった。


「さて、モコ。」


タロウはふさふさの尻尾を振り、にっこりと微笑んだ。


「しつけの時間ですよ。」


そうして、タロウとモコの壮絶な戦いが幕を開けた。


勢いよく走ってくるモコを、タロウは受け止めて、そのまま持ち上げて地面に叩きつけた。尻尾を振るとモコの体が浮き上がり、再び地面に打ち付けられた。


「モコ……」


タロウとモコの戦いを見守っていたハンナは、何も出来ない自分にもどかしさを感じていた。

しかし、出来ることはない。

両手をぎゅっと握りしめて、祈るしかできない。


「ハンナ様!」


後ろから声をかけられ、ハンナは振り返った。周囲はほとんど避難を終えており、あと残り数人しか残っていなかった。


「イムレ様。」

「ハンナ様!ここにいたら危険です!」


そう言って、イムレはハンナの手を握った。そして優しく手を引くが、ハンナなかなかその場を動こうとしなかった。


「でも……モコが……」


そう言って、タロウとモコの戦いへと目を向ける。

モコを投げては叩きつけていたタロウだが、今はモコから腕を噛みつかれていた。

噛みつかれたタロウの腕からじんわりと血が滲んでいる。


「タロウ!」


イムレの手を振り払い、ハンナはタロウとモコへと近付いていった。


「来てはいけません!」


タロウから叫ばれ、ハンナも動きを止めた。


「モコ……」


ハンナはぎゅっと力強く握り拳を作った。そして、大きく息を吸い込み、力の限り大声を出した。


「モコ!お座りいぃーー!!!」


聞いたこともないくらい大きな声に驚き、タロウは耳も尻尾もピンと立てた。目を丸くしてハンナをじっと見ている。

ふと、噛みつかれていた腕から痛みがひいた気がして、腕へと視線を移した。すると、そこにモコの姿は無くなっていた。思わず身構えて、モコがどこに行ってしまったのか周囲を警戒した。


「もきゅ!」


いつもの子犬のような可愛らしいモコの鳴き声が聞こえてきた。モコはいつの間にかもとの小さな犬の姿に戻って、ハンナの前で尻尾を振りながらお座りしているのだった。


「モコ……っ!」


ハンナはモコを抱き上げて、ぎゅっと力強く抱きしめた。その瞳にはじんわりと涙が浮かんでいる。


「よかった……。本当によかったぁ。」


ハンナとモコを見つめながら、イムレも口を開けて驚いていた。


「はは……っ。もう本当、ハンナ様は凄いな。」

「全くです。」

「タロウ殿。」


疲れた表情をしたタロウがため息をついた。


「魔王にお座りさせられるのなんて、彼女くらいですよ。」


さて、この話を国王達にしたところでどこまで信じてもらえるだろうか。また悩むことになりそうだ、とタロウはつい笑いをこぼした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る