第21話 ナディアの失敗

 ジクフリード率いる騎士達は、逃げ惑って散り散りになっていた。ある者は紅の森へ迷い込み魔物に追いかけられ、ある者は領民達から捉えられ、もはや戦いとは言えない状況である。

 勝敗は明白だった。


「聖女様!負傷者です!」


次々とジクフリードの陣営に負傷した騎士達が運ばれてくる。その状況から後方支援部隊は自分たちが敗北したのだと察していた。


ーー何故、撤退しないのか。


傷付いた仲間を手当てしながら、誰もがそう思った。手当てしても手当てしても埒があかない。


「ちょっとまたなの!?」


耳をつんざく、きんきん声が周囲に響き渡った。誰もが切迫した気持ちの中、必死で頑張っているのに、と眉間に皺を寄せる者が多くいた。しかし、皆口をつぐんで、黙々と作業を進めていく。

誰一人として相手しない様子に、ナディアはさらにイライラを募らせていった。そして、そこら中に横たわっている騎士達を忌々しく睨みつけた。


ーーこれじゃあとても追いつかないじゃない。


ナディアも必死で回復魔法をかけているのだが、全く追いつかない。


「まだですか!聖女様!」

「ちょっと待ちなさいよ!今やってるでしょ!」


当初、ジクフリード達は聖女であるナディアの回復魔法があるからと、救護の準備を最小限にとどめていた。伝説では聖女は一度に数百人もの怪我人を治療したとされている。聖女のナディアがいれば、いくら怪我しても平気だと考えていたのだ。

しかし、実際は違った。

ナディアは聖女と呼ぶにはあまりにも力が弱く、一人回復させるのに、かなりの魔力と時間を用した。

 そうやって、ナディアが一人を回復させている間にも怪我人は途切れる事なく、次々と運ばれてくる。


「ぐっ……。」


そしてまた一人、大きく負傷した騎士が息苦しそうに顔を歪めた。そのそばには別の怪我した騎士が寄り添っていた。


「大丈夫か!?」

「聖女様は……。聖女様……。」

「……。きっと助かるから。」


騎士はそれ以上何もいえなかった。苦戦するナディアの様子を見ていると、聖女に期待する気持ちにはなれない。けれど、不安にさせないためにも、その言葉しか出てこなかった。

 目を閉じて眠りについた仲間を見守りながら、騎士は救護班に声をかけた。


「聖女様の様子はどうだ?」


救護班は首を横に振った。


「まだ数人しか回復させていない。」

「たった数人!?まだあと何百人もいるんだぞ!?」

「伝説の聖女は一度に数百人の怪我を治したとも言われている。実際、癒しの手の方々は数十人を一度に治療しているくらいだ。聖女……いやナディア様は正直……。」


偽物。


言葉にはしないが、もはやそれは明白だった。

 じゃあ俺たちは何をしにここまで来たのだろう。

 ジクフリードの陣営の士気は完全になくなっていた。


「意味わかんない!」


そんな時、大きな声が響き渡った。嫌な金切り声が耳に響く。


「ナディア様?どうされました?」


陣営の一人が優しく声をかけた。

しかしナディアは優しい騎士を睨みつけ、怒鳴りつけた。


「ちょっと貴方たち弱すぎるんじゃなくて?大切な私の力はこんな弱い奴らに使い切っていいものじゃないわ!やってらんないわ。」


そう言って、陣営から出ていこうとしていた。そんなナディアの姿に、その場にいた全員がぎょっと目をむいた。


「投げ出すのですか!」


誰かがそう叫んだ。

しかし、その言葉にナディアは鼻で笑って返した。


「私の力を使うに値しないのよ。」


聖女と呼ぶには力不足のナディア。不満を溜めていた騎士達も、さすがに我慢の限界だった。


「聖女じゃない」

「はあ?」

「あんたは聖女じゃない!」

「偽聖女じゃないか!」


騎士達は全員怒り狂っていた。

役不足の癖にいつまでも不遜で傲慢で、そして我が儘なナディアに、誰もが今までの不満をぶつけ始めた。

しかし、どんなに言葉で言われてもツンとした態度をナディアは崩さなかった。それがまた、騎士達の気持ちをイラつかせた。


「お前のせいで……お前達のせいで!」


そう言ってナディアに石を投げつける。

それから、我も我もと次々と足下の石を拾って投げつけていった。


「痛い!痛いじゃない!何するのよ!」

「聖女だって?笑わせるな!」

「お前のせいで仲間が死にそうなんだぞ!」

「ふざけるな!」

「ちょっと何すんのよ!無礼よ!」

「聖女と嘘付く犯罪者が偉そうな口聞くな!」


ナディアがなんと言おうと、騎士達は石を投げつけ暴言を吐く。

誰もナディアの言葉に耳を傾けない。


ーー何でよ……っ!


ナディアは奥歯を噛み締めた。


ジクフリードの事が、好きだった。

かっこいい王子様のジクフリードは、可愛い自分の隣にいるべきだと思っていた。なのに、地味で目立たないハンナが婚約者に選ばれてしまった。

それはナディアよりもハンナの方が年が近いから。

たったそれだけで、ハンナが選ばれたのだと思っていた。

ナディアは悔しかった。

何としてでもジクフリードを手に入れたい。

だからこそ、ナディアが白魔法が使えると分かった時、笑いが止まらなかった。

これでハンナを出し抜ける!心の底からそう思った。地味なくせにロートヴァルト辺境伯という権力まで手に入れたハンナを見返してやろう。

そう思って、二年間かけて準備してきた。

この戦いは、その総仕上げとなるはずだったのだ。


ーー……なのに。


なのにナディアは石を投げつけられ、罵倒され、惨めな思いをしている。


ーー私の何が悪いって言うの?!


ナディアは、泣きそうになるのを必死で堪えていた。


「それくらいにしておけ!」

「隊長!」


奥の方から年嵩の体格の良い男性がやってきた。すると、石を投げつける行動がぴたりと止んだ。騎士達は気まずそうに視線を泳がせている。


「そんなヤツに構っている暇があったら一人でも多くの仲間の手当てをしろ。」

「はい!」


鶴の一声で、騎士達はテキパキと行動していく。


「ふん。いい気になるのも今のうちだけよ。」


ナディアはまだ強気な態度でそう言った。しかし、誰も相手にしない。ナディアの言葉など耳に入っていないのだ。ナディアは、隊長と呼ばれた男性の前にやってきた。


「貴方だけは褒めてあげる。ジクフリード様から褒美を与えて差し上げますわ。」

「いえ結構です。」

「は?」


予想外の答えにナディアは驚愕した。隊長はナディアの方を見る事なく、手際良く作業を進めていく。


「貴方と話す時間さえ惜しい。邪魔にならない場所にいてくれませんか。」


そう言ってナディアを避けるように去っていった。


「なによ……。なによなによ!」


取り残されたナディアは悔しくて下唇を噛み締めた。

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