第20話 ロートヴァルトの実力

 何千という騎士達を率いて、ジクフリードとナディア、そしてルイスはロートヴァルトを目指していた。

「ジクフリード様、見えてきました。」

「ああ。あそこが忌々しいロートヴァルト。」

ロートヴァルト辺境地は強固な城壁によって仕切られている。それは、紅の森から魔物が進撃してきた際の防波堤の役割を持っていたのだ。

 鎧に身を包んだジクフリードは、その城壁を睨みつけた。

「うっ。」

ジクフリードと一緒に馬に乗っていたナディアは急に顔色を悪くして、口を手で塞いだ。

「!ナディア!?」

ジクフリードは優しくナディアの背中をさすった。青い顔をしたナディアは、力なくジクフリードに笑いかけた。そして、苦しそうな表情でロートヴァルトを見つめた。

「物凄い……闇の気配を感じますわ。」

そして、胸で祈るように両手を組んだ。

「魔物に侵された土地……私にはわかりますわ。」

「やはり!」

ナディアの言葉に、ジクフリードは拳を力強く握りしめた。その瞳には嫌悪に満ちていた。

そして後ろを振り返り、騎士達に向かって叫んだ。

「勇者の末裔として今こそ、反逆者ロートヴァルト辺境伯を討ち滅ぼしてみせる!」

ジクフリードの声に騎士達は雄叫びを上げた。そんな騎士達の声に、ジクフリードは満足そうに笑った。

「どこまでもついていきますわ。」

そんなジクフリードに寄り添い、ナディアは甘くささやいた。

「私も、最後まで王子に忠誠を誓う」

ルイスは信頼のこもった眼差しでジクフリードを見つめている。

「二人とも、ありがとう。とても心強いよ。」

気分はまるで、正義の味方。

自分が正しいと信じて疑わないジクフリードは、勝利を確信しているのだった。



 ◆

「嗚呼、何て茶番でしょう。」

タロウは城壁のそばで、ジクフリード達の様子を見ていた。くつくつと笑っているものの、その目はジクフリード達を蔑んでいた。

「あそこまで頭が悪いと笑えるものですね。」

何が彼の自信に繋がるのか、タロウには不思議でたまらなかった。まあ、知りたくもない、そう思って、城壁の内部、ロートヴァルトの様子へと視線を移した。

「さて……。」

タロウは、ルイスが偵察に来ていたことを知っていた。締め上げて拷問にかける事も、捉えてこの世の地獄を見せる事も、なんとでもすることができた。しかし、タロウには、あの日ボロボロになって帰ってきたハンナを忘れることができなかった。

ハンナに惨めな気持ちをさせた奴らを、一瞬の苦しみだけで許せる気がしなかった。

ならばいっそ、ルイスに勘違いさせてジクフリードとナディアも誘き出してはどうか。

そしてタロウの思惑通りにルイスは動いてくれた。ロートヴァルト辺境地に住む者は人間だろうと魔物だろうと種族を問わずこの日のために準備を進めてきた。

領民達は罠を貼り、武術の経験があるものは鍛錬して備えた。

「いくつかの罠はハナが駄目にしてしまいましたが、まあいいでしょう。」

その罠に見事なまでにハンナが引っかかっていくのは想定以上だった。見かねた領民達が腕によりをかけて予定よりも多くの罠を作ったら、それはもう面白いくらいたくさん罠に引っかかっていった。

ーー途中から、領民たちも面白がっていましたし。

領民達が「やった!引っかかったぞ!」と影でハンナの様子を楽しげに見守っていた姿を思い出す。

そんな平和なロートヴァルトを守るため。

タロウは燕尾服を整えた。


「さあ。始めましょうか。」


彼らに、地獄を。

ロートヴァルト辺境地の実力を、思い知るが良い。



 ◆

ジクフリード率いる騎士達は、雄叫びを上げながら城壁に突っ込んでいった。兵法や戦法などお構いなしの、正面突破だった。

そして、そこには剣や弓、槍を手にした領民達だった。何千といる騎士に立ち向かうにはあまりに少なすぎる百数人程度の軍勢に、先頭を切って突入した騎士は鼻で笑った。

「ロートヴァルトの領民?」

「おいおい、あれで戦うつもりか?」

鎧を着て完全武装している騎士達と違い、領民達は簡易な防具しか身につけていない。力の差は歴然だと、騎士達は馬鹿にするように笑い飛ばした。

「やはり武装していたのか!……ぷ。くすくす。」

「武装って……くくくっ。」

そんな見下した騎士達に、領民達は顔色ひとつ変えなかった。

「悪い事は言わない。すぐに降参した方がいいぞ。」

騎士の一人が叫んだ。優しさなのか、馬鹿にしたいのか。

そんな騎士の叫びに、周りの騎士達はさらに大きな笑い声をあげるのだった。

が、それもほんの少しの幸せだった。

どすっという鈍い音が聞こえ、叫んだ男はゆっくりと倒れた。

「は?」

何が起こったのか分からなかった騎士達は倒れた仲間を呆然と見ていた。すると、じんわりと血溜まりが広がっていく。

その様に、騎士達は背筋が冷える思いをした。

何が起きたか分からない。

何が起きたか見えなかった。

だが、目の前の仲間は確実に死んでいる。

謎の恐怖感が次第に騎士達を蝕み、じわりじわりと広がっていく。

「遅い。」

「……え?」

誰かに囁かれた言葉の意味が分からず、素っ頓狂な声が出たかと思うと、視界が反転していた。そして、首から上のない自分の体が見えて、そこから意識はなくなった。

「ひいいいっ!」

近くでその剣技を見ていた騎士は、あまりの素早さに恐怖した。

敵わない。

そう実感させられた。

たった一撃だけ、それだけで、実力差を見せつけられた。

「慢心するとは愚かな。」

簡易な防具しかないのではない。

簡易な防具だけで事足りるからなのだ。

「何で何で何で何で何で何で何で何で何でっ!」

後退りながら、発狂したのように泣き叫ぶ。

その姿は、騎士と呼ぶにはあまりにも情けない姿だった。

「ふむ。私達も現役を退いて長くなったからな。最近の若い人は知らないかもな。」

「はあはあはあはあっ。」

領民はまるで世間話をするかのようにのんびりとした雰囲気で話している。その余裕な態度は、騎士達をさらに恐怖させた。

「騎士の端くれなら聞いたことがあるだろう。特務隊と呼ばれる精鋭達の存在を。」

「とっ……特務隊!」

特務隊。

騎士達の中でも知力武力共に優れた精鋭達が集う部隊。ただし、彼らは中央都市にはいない。だが、特務隊は騎士の中では憧れの存在であり、騎士の誉であった。

「ここロートヴァルトは、精鋭隊の住む都市なんだぜ。」

そう。このロートヴァルトは紅の森の管理という重要な位置から、辺境伯の地位は他の貴族よりも高く、領民達は全て武に優れているのだ。普段は農業を行うもののいざというとき、この土地に住む全員が戦える、そういう土地なのだ。

「最初からお前たちじゃ勝ち目ないんだよ。」

騎士達はなんとかして逃げようと、後ずさっていた。

「いやあ、久しぶりの戦場。やはり胸が高鳴りますねえ。」

領民の後ろから、燕尾服を着た紳士的な執事が現れた。その姿を見た一人の騎士は悲鳴を上げた。

「ひいいいいっ!」

そんな騎士の反応に、領民は少し感心したような表情を見せた。

「へえ。まだセバスチャンの事知ってる奴がいるんだなあ。」

「おま……いやあなた様はっ…かはっ……!」

騎士は全てを言い切る前に、息絶えた。血一つ落ちていないのに、息絶えた騎士の姿に、残ったものは息を呑んだ。

「皆さん、勘が鈍ってはいませんか。」

「いやあ、鈍ってるかもなあ。」

セバスチャンは相変わらずにこにこと笑っている。何事もなかったように話を進める姿は、本当に普段と変わらない。

十数年前、稀代の暗殺者として有名になった人物がいた。息をするように人を殺す冷酷無比な殺人鬼。そう呼称する人もいた。しかし、いつの頃からか、その暗殺者は姿を消し、噂は忘れ去られていった。それでもしばらくの間軍の中ではその暗殺者は誰もが知る有名な人物であった。

「まあこれまで平和でしたから無理もありませんね。」

「全てはハンナ様のおかげだよ。」

「ハンナ様のおかげで平和を堪能した。やはり平和が一番だ。」

「平和のため、ハンナ様のため。」

ハンナ様ハンナ様、と領民達は士気を上げていく。その様子をセバスチャンは満足そうに見守っていた。

「よい士気です。」

ーーやはりハンナ様は素晴らしい。

セバスチャンは前ロートヴァルト辺境伯、つまりハンナの父親の代からロートヴァルトに仕えてきた。暗殺者だった自分を引き取ってくれた前ロートヴァルト辺境伯には、恩を返すつもりで仕えていたが、ハンナにはまた別の感情を持っていた。

魔物と友好関係を結ぶハンナ、そしてそれを当たり前のように振る舞い、周りも巻き込んでいく姿に、セバスチャンは心の底から「敵わない」と感じた。

 若くしてひとりぼっちになってしまったハンナのため、自分が仕える主人のため、セバスチャンが出来ることはなんでもするつもりだ。

 例え再び「殺人鬼」と呼ばれようとも。

 逃げ惑う騎士と、軍で精鋭と謳われた者たちの剣技に、セバスチャンはくすりと笑った。

「おやおや。弱すぎますねえ。」

そして、足を負傷し、動けずに地面でうずくまる騎士の頭を踏み潰した。騎士の悲鳴に、セバスチャンは愉悦に満ちた笑みを浮かべる。

「これでは我々が強過ぎて魔王のように見えてしまいますねえ。」

その姿は、魔王といっても過言ではなかった。

「ひいいいっ!」

「しかし、私は、ハンナ様のためならば、魔王にだってなりましょう。」

そう言って、足元の騎士に微笑みかけた。

ーー冷酷無比の殺人鬼……っ。

悪魔のような老紳士の笑顔が目に焼き付いたまま、恐怖の底に落ち、哀れな騎士はその生に終止符を打たれた。

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